斉藤君と幸人さん

□第九話
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夢を見た、気がした。

自分が小さい辺り、まだ両親とも仲がいい頃なのだろう。


―おかあさん、

―なあに

―これ、きょうようちえんでかいたんだよ。おかあさんだよ

―お母さん書いてくれたの?ありがとう、すごいね

―おかあさん、うれしい?ぼくすごい?

―うん、すごく嬉しい。幸人は上手に絵を描くね。








「…幸人さん、起きました?」

「……おかあさん?」

「寝ぼけてるんですか?斉藤大紀ですよ」

「…ぼくを、見て…?」


―幸人、お願いだから、部屋にいて…?ご飯持っていってあげるから…


「おかあ…さん」

「幸人さん…」


―どうして、どうしてアンタは人と接するのが下手なの?これ以上迷惑かけないでよ…!!


「み…て」


―下らないことしてる暇があるなら学校行ってよ。私は忙しいの。


「おねが―」

「幸人さん!!」






ブツリ






「…あ、」

「…大丈夫ですか」


目の前には、斉藤くん。

お母さんは、いない。


「お、おかえり、なさい。あ、じ、自分、何やって、ました…?」

「…玄関で、泣きじゃくりながら、倒れてました」

「そ、そう、ですか、あの、それで、えっと」


最悪だ

よりによって彼にこんな醜態を晒してしまった―


「…幸人さん、」


強い腕。

どうしようもなく苦しげな表情。

一生懸命に自分を抱きしめるその体。


「僕に全部、言いたいことしてほしいことがあれば言ってください。貴方を二度と苦しめないようします」

「………」

「僕に、すがって下さい」


どうしてだろう。

どうしてだろう。


「…どうして、あの、斉藤くんが、泣くんですか…?」

「幸人さんが、泣くからです」


ゆっくり、それはもうゆっくりと彼は唇を寄せた。

涙で少し、しょっぱく感じた、なんて恥ずかしいことは言えないけど、妙に、現実味を帯びたキスだった。


「………す」

「はい?」

「…考えて、おきます」

「…、はい」


自分はその時の、斉藤くんの表情を、忘れない。
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