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あ…ルルーシュだ。
少しばかり湿気と熱気を伴い始めはしたが、まだまだ過ごし易い空気の中で、眠気が飛ぶのを感じた。
移動教室の為、階段を登っていたスザクは、ルルーシュを丁度下から見上げる事になる。
あぁ…スカート短い…。
大丈夫かな、誰かに見られたりしないかな…っ。
……………………どうしてもぎりぎり見えないんだよなぁ…。
スザクは複雑な心持ちで釘付けになっていたルルーシュのスカートから目を離した。
…て、これじゃ俺、………っ!!
スザクは顔が熱くなるのを感じた。
…いやでも男なら誰だって好きな子の…見たいだろ。
と、スザクが心の中、一人で葛藤していた時だった。
「あっ、悪りっ!」
「きゃ…」
男の声と、ルルーシュの短い悲鳴。
スザクが何事かと顔を上げると、一面にピンク色が広がっていた。
え…これってまさか…!!?
目の前に展開されているのはルルーシュのスカートの中身である。
え…え…!?
何…何で…っ!!?
スザクが状況を理解しないうちに、身体が床に叩きつけられた。
周りから悲鳴やら騒つきやらが聞こえる。
スザクは漸く理解し始める。
あぁ、上からルルーシュが落ちてきたのか…。
「おいっスザク、ルルーシュ大丈夫か…!?」
リヴァルの焦った声がする。
自分の身体の上のルルーシュはどこも打ち付けてはいないだろう。
…俺、死んでもいいかも…。
視界は暗いが、鼻に唇につるつるとした布の感触がする。
ルルーシュはスザクの顔の上に座ってしまっているようだった。
天国…!!
「あ…あ…っスザク…ごめ…ごめんね…っ大丈夫…っ!?」
顔の上から重さが消えて視界が明るくなる。
ルルーシュの蒼白な顔が見えた。
「…大丈夫大丈夫」
ていうかこちらこそごめんなさい…。
安心させるように笑おうとしたが、少し失敗する。
そしてそのままスザクの意識はそこで途切れた。
「あ…気が付いたみたいですね」
そんな声が聞こえてスザクはベッドの上で、はっきり覚醒した。
「スザク…!」
ルルーシュの顔が目の前に現れる。
「ルルーシュ…?あれ?俺…」
「私が階段から落ちたの、受け止めてくれてそのまま…」
あぁ、そう言えばそうだった。
…あんまり受け止められてなかったけど。
「ここは病院…?」
辺りを見渡して、スザクは確認する。
「枢木さんは脳震盪を起こして気を失っていました。あと右腕の骨折は全治一ヶ月は掛かりますけど、頑張って下さいね」
「えっ!?」
看護師に告げられ改めて利き腕を見れば、確かにギブスが付いている。
何となく痛いような気もしてきた。
骨折ってまじ…!?
何故そんなに驚くのかと言うと、実は生まれて初めて骨折したからだ。
小さい頃は、何故折れなかったんだ、と逆に驚かせてばかりだった。
骨というか、身体の丈夫さには自信があった。
それだけではない。
落ちて来るルルーシュに気付かなかった事、ルルーシュを受け止めきれなかった事、受け身が取れなかった事、利き腕から落ちた事…。
もう全てだった。
ルルーシュのパンツにここまで気を取られるなんて…。
情けなさ過ぎる…。
俺最低…。
スザクはがっくり項垂れた。
「スザク…」
病院から帰宅し、呼ばれて振り返ったスザクは、ルルーシュの肩が小さく震えているのを見て、慌てる。
「ルルーシュ…!?」
一体どうしたというのか。
…そう言えば、俺が一人で自己嫌悪に陥ってたせいで気にならなかったが、帰りのタクシーでほとんど話していないかも…。
「ごめんね…っスザク…ごめんね」
そう俯いて呟くルルーシュから涙の滴が落ちた。
「私が…スザクにそんな…怪我……っ」
「違うよ!ルルーシュのせいじゃない!ぼうっとしててルルーシュ受け止められなかった俺が悪いんだし、誰かルルーシュにぶつかったから落ちたんだろ?」
「でも…っ」
ルルーシュの涙はいよいよ溢れ出す。
「俺、ルルーシュに怪我が無くて本当に良かった。ルルーシュを守れて嬉しいんだ。それに今日、学校休んで付き添ってくれてたんだよね?」
「…だってそんな事…」
「俺は男だし、腕の一本や二本平気だって。身体が強いのだけが取り柄だし、ね?」
スザクは必死になってルルーシュを落ち着かせようとした。
…謝らなきゃいけないの、ほんとは俺の方だし。
「…すざくぅ…」
スザクは吊っていない方の腕でルルーシュの肩を抱いた。
ルルーシュはそっとスザクの胸に頭を預ける。
…怪我してなかったら抱き締められたのに。
まぁこれも罰、なのかな、なんて。
「ごめんね…っ」
……私、慰められてる…。
ルルーシュはこれ以上、気を遣わせないように泣き止もうと努力した。
…これ以上スザクの優しさに甘えちゃだめだ。
「スザク…私何でもするから…っ」
「はいっ…!?」
突然の言葉にスザクは声を裏返す。
ルルーシュはスザク見上げた。
「スザク…それ利き腕で、これから色々大変だと思うから…。全然及ばないとは思うけど、私スザクの腕代わりになるから…」
まだ涙でうるうるした目に見つめ上げられて、スザクはドキドキする。
何でもって…腕代わりって…。
そんな顔でそんな事言われたら困っちゃうよ。
これで無自覚至って真剣なんだからなぁ…。
そして俺はそろそろ反省しろ…。
「ありがとう、ルルーシュ」
スザクは少しでもルルーシュの気が楽になるように優しく笑い掛けた。
「スザク、ご飯…食べれる?」
夕食の席に着いたスザクに、ルルーシュはおずおずと問う。
食欲は充分であるのだが、利き手が使えないので、苦労はするだろう。
「私…手伝おうか…?」
「え…いいの?」
スザクは思わず間髪入れずに答えてしまう。
そんな美味しい…色んな意味で。
と、スザクはつい本音が出てしまった自分を叱咤する。
「あ、いやでも悪いし…」
「ううん、スザクが迷惑じゃなかったら私やりたいのっ」
ルルううぅーシュううぅ…!
スザクは心の中で困り果てた。
否、実際困るというよりかなり喜んでいると言った方が正しいかも知れないが。
「…じゃ、じゃあ左手に慣れるまでお願いしてもいいかな…?」
「うんっ」
「…はい」
差し出される箸と、その奧の小首を傾げたルルーシュに、スザクは眼福をも味わう。
「ん…今日も凄く美味しい」
と、それを聞いて嬉しそうに笑うルルーシュの、気温が上がり始めた近頃、帰宅してからはよく広げているシャツの胸元から、位置的に丁度微かな膨らみが見え、スザクは目が離せなくなる。
「スザク…?大丈夫?」
いきなり黙り込み、緩んだ顔をしたスザクの視線の先を測りかねて、ルルーシュは問い掛ける。
「う…だ…大丈夫…ごめん」
スザクはルルーシュの胸から勢いよく目を反らした。
…全っ然大丈夫じゃない…っ。
「スザク…お…っお風呂…」
そうなんだよな!!!
「うん…でも…ね」
手伝ってもらいたいのは山々だけれども。
「取り敢えず先生に言われた通りにして気を付けるし、何とか…」
「だって、背中とか…」
「う…」
俺だってほんとはやってもらいたいけど…!!
「あの…じゃあ私背中だけ流すから、準備出来たら呼んでねっ」
そう言い残してルルーシュはぱたぱたと去っていった。
「…ルルーシュ、頼んでもいいかな」
「うんっ。あ…開けるね?」
ルルーシュは制服のシャツの袖を肘まで捲り、下はスカートのみという格好で浴室に入った。
うわぁ…生足えろ…ってやばいやばい。
スザクは当然腰に巻いたタオル一枚なので、心を穏やかにしていなければならない。
…って今更だけどこれ結構大変な事だった!?
ルルーシュはスポンジでボディーソープを泡立てると、スザクの背中を丁寧に擦る。
女の子ってこんな大変な事やってるんだな。
俺なんか石鹸でガシガシするだけなのに。
「スザク大丈夫?気持ちいい…?」
「ん、いいよ。ありがとう」
………ってなんだこの会話!!!
うわー考えるな俺!!
「あ…っそっちの腕…とかも洗えてないよね…。洗っちゃうね?」
「あ…ありがとうございます」
ルルーシュはスザクの前方に回り込むと、左腕を洗い始めた。
…なんかこれ凄く緊張するな。
ルルーシュが俺の身体擦ってるってところが見えちゃうのがやばいな。
それに湯気のせいか何となくルルーシュのシャツが危ない。
所々濡れて完全に透けているところもある。
……俺、保つのか…!!?
「はぁ…」
ルルーシュはリビングに戻り、自分の胸を押さえた。
…まだドキドキしてる。
…スザクの背中すごい格好よかったぁ…。
きれいに適度の筋肉がついた、引き締まった背中に、思わず見惚れてしまった。
腕も…身体がすごい男の子って感じがした…。
顔がかぁっと熱くなる。
先程までスザクにべったり触れていた手をきゅっと握り締めた。
「スザクっ、大丈夫そう?」
「うーん、多分っ」
翌朝、スザクは慣れない左手で制服を着替えるのに手間取り、普段登校する時間は疾うに過ぎている。
前日は時間があったので良かったが、朝は何かと忙しい。
何せ、普段は気にしていないような事でも、何もかも左手では、少し早起きした位では間に合わないらしかった。
…俺、こんなに不器用だったのか。
そのうち慣れるのかな…。
「スザクー、手伝う?」
「…遅刻しそう?」
ここはなるだけ自分でやりたい…。
「んー…、ちょっと危ないかも」
「……じゃあ、頼んでいいかな…」
スザクは渋々頷いた。
「悪いけど…これ、やってくれる…?」
…うわ最悪、俺変態みたい。
「あ……」
ルルーシュも一瞬赤くなって言葉を失った。
制服のスラックスのジッパーが布を噛んでしまったのだ。
これは片手、しかも利き手でない方では尚更難しい。
「わかった…」
ルルーシュは布を外す作業に取り掛かった。
が、余り大胆に手を動かすことも出来ず難航する。
スザクは心を無にしようと心掛けた。
万一の間違いも起こせない。
目線を落とせば有り得ない光景が広がっていたので、慌てて目を逸らす。
「うぅ…ごめんねスザク、私もこれ苦手なの…」
ルルーシュは消え入りそうな声で呟く。
スザクは数学の公式について思いを巡らせる事にした。
が、気を逸らそうとすればする程、もろ股間の辺りで動いているルルーシュの手の動きが気になってならない。
…ていうか既に何度か当たってるから!!!!!
「…外れた!」
スザクが涙目になり掛け、限界だと叫ぶ直前に、ルルーシュがほっとした声を上げた。
二人で深く安堵し、脱力する。
「ありがとうルルーシュ…本当に。なんかごめんね…」
「う、ううん、大丈夫だよっ、…学校行こっか」
二人はまだ朝だというのに疲れ切っているのは言うまでもない。
しかし、何気ない事も、普通なら嫌になってしまうような事も、互いであれば掛け替えのない思い出になる事を、ついこの間知ったばかりだ。
一緒にいられる事は、幸せで貴重な時間なのだという事をふとした時に感じてしまうこの頃だった。