誰かたった一人の為に心から尽くすなんて、そんな馬鹿な事があるものか!



〜the loyal toast〜 side:G



「先程の戦闘だが…私は君に、あんな動きをしろと一度でも命令したかね?ヴァインベルグ卿…」

敢えてゆっくり喋っているのは、怒りを抑える為なのだろう。

それでも犬の様に垂れ下がった左頬はひくひくと痙攣しているが。

私はしれっとして答えた。

「してませんねぇ」

おぉ!相手の顔に、今にも青筋が浮き出そうだ。

「…君はいつも私の命令に従わないが、何か理由があるのかね?確かに君は彼の御方のご子息であるがね、それは君が神聖ブリタニア帝国に仕える大切な戦闘の中で、やんちゃを働いていいという事では無いのだよ」


…やんちゃ、ねぇ。

「君さえ望めば、守られる立場でいられるのに、君は希望して私の軍に入隊した。お遊びなら、大きなお庭でも買って貰ったらどうかね」

それにしてもこの人は、こういった事を私が父上に報告する可能性を一つも考えないのだろうか。

…しかし、そうだな。

自分でこの軍に入ったのも事実、多少の事は我慢しようと思っていたが、指揮官がここ迄無能なのは想定外だった。

「そうですねぇ、貴方の指揮ではこんな小隊、すぐに滅んでしまうでしょうから。それを避ける為に独断したまでですよ」

…自分の実力で伸し上がるつもりでいたが、今度入る隊ではやはり、貴族の坊ちゃんらしく、優遇してもらった方が良さそうだな。

怒りに震え、言葉も出なくなっている相手を前に、先の事をぼうっと考えていた時だった。


「お取り込み中失礼」


その歌う様な美しい声に、思わず一瞬耳を奪われる。

振り返ると、また恐ろしく整った顔立ちに、息を呑んだ。

これまで一度とも目にした事の無い、完璧な美貌だった。

中性的ではあるが、それなりに身長が有るので、男だと分かる。

怒りに震えていた中年が、その青年を目にした途端、崩れる様に跪いた。

「で…っ殿下…っ!!」

…殿下?

それを聞いて、私も倣った。

皇族か…。

「アイゼン卿、宜しければそこの…ヴァインベルグ卿を頂けませんか?」


……は?


殿下が…私を…?

「は…ヴァインベルグ卿を…ですか…?」

「えぇ。今も口論をしていた様ですし、何も問題は有りませんね?」

その口調は丁寧な様でいて、絶対に有無を言わせない。

「…イエス・ユア・ハイネス…」

「ヴァインベルグ卿、行くぞ」

「は…え…っ?」

殿下がマントを翻したので、私は訳も分からず追い掛ける。

今起こっている状況が、上手く飲み込めない。






お忍びの為か、殿下の乗っている車体は皇族御用達のものではなく、貴族の自家用車程度で、私は言われるまま、その殿下と向かい合った座席へ座った。

「急に連れて来てしまって済まないな」

済まない等と微塵も思っていない様な素振りで、殿下が告げる。

「いえ…」

しかし、殿下とは一体誰だ?

こんな美しい顔、一度見たら忘れる訳が無いから、メディアやパーティーでも、目にした事は無い筈だ。

肩の辺り迄ある艶やかな漆黒の髪。

濃い睫毛に縁取られた魅惑的なアメジストの瞳に、すっと通った鼻筋。

唯一愛らしい唇にさえ不敵な笑みを浮かべ、艶やかであるのに知性的な印象を与える。

気を抜けば、すぐに見惚れてしまいそうだ。

「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったな。私は人前に出るのが嫌いだから、皇族と言っても私の顔を知らない人間も多いだろう。私は第十一皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」

「え……っ」

聞いて思わず声が出た。

この綺麗な人が、あのルルーシュ殿下!?

噂では幾らでも聞いた事がある。

ルルーシュ殿下と言えば、第十一皇子で皇位継承権は第十七位、しかも弱冠十八歳でありながら、あの第二皇子で、こちらも若くして帝国宰相のシュナイゼル殿下の片腕だとか言う、物凄い切れ者という話だ。

次の皇帝の座には、シュナイゼル殿下の次か、或いは同じ位近いとか…。

…私は何だか凄い人に目を付けられてしまったのではないか…!?

「どうした?」

と、私はある事に気付いた。

「…あの、殿下は何故私を御存知だったのですか?」

「ふふ…っ」

ルルーシュ殿下が張り付いた不敵な笑みを崩して笑った。

こんな風に笑うとは思わず、先程迄とは全く違う印象に少し驚く。

恐れ多いが、…凄く可愛らしい。

何故だか心臓が高鳴った。

「君程の家柄があれば、自分の隊を持てるだろうに、一般の隊にわざわざ志願する事はなかなか無いだろう。まぁ、君を見付けたのは確かに全くの偶然だが…。前線に出るのが好きなのか?」

「…はい…まぁ…」

何か、全てを見透かされている気分だ。

「そうか…。前線に出る勇気…いや、自信かな。それは上に立つ者にとって必要だ。上が動かなければ下は付いて来ない。君は直感的に分かるんだろう。…君には他の多くの貴族達が持っていない器があるな」

「…お戯れ、を…」

…まさか本気で言っているのでは無いだろうが。

私は顔が赤くなるのを感じた。

「いや、本当の事だ。しかしあの愚鈍な指揮官の下ではさぞ戦りにくかっただろう。私が来た時も揉めていた様だったし…」

殿下が可笑し気に笑ったので、私は更に極まり悪く目線を下ろす。

「しかし私は、偶然でも、君を見つけられた事に感謝している。君があんな場所に居るのではとても勿体ない」

「……っ」

軽やかではあるが、真面目なトーンで掛けられた言葉に、はっとして顔を上げ、私はただルルーシュ殿下を見返す。

こんな御方に認めて貰えるとは…。

僅かに感涙迄滲みそうになる。



車を降り、恐らく殿下の個人邸と思われる城の庭園を、後に続いて歩く。

私の一歩にいた殿下が振り返った。

「ジノ・ヴァインベルグ、私には君が必要だ。私の為に戦ってくれるか?」


…あぁ、何て甘美な言葉。


私は殿下の足下に跪き、白く美しい手を取った。

「…イエス・ユア・ハイネス」

そしてその高貴な手に誓って口付けた。

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