あの頃の様に戻れるならば、何を捨てる事だって厭わない。
〜the loyal toast〜 side:L
「ルルーシュ!来てやったぞ!」
勿論ノック等無く、偉そうな台詞で以て、その小さな少年は入ってきた。
それまで機嫌好く僕の答案をベタ褒めしていた、几帳面を体現した様な教師は、自分の腰程迄しか無いスザクに向かって、憤怒の形相を露にする。
流石にスザクも、しまった、という表情になった。
…全く世話の焼ける…。
「…先生?今日の分はもう終わりましたよね?それに予定より早く進んでいますし…、今日はこれでいいですか?」
ルルーシュ様がそう仰るなら、とその教師は嘆かわしい溜め息を吐いた。
「あのオバサン苦手なんだよなー…」
スザクが頭の後ろに手をやって口を尖らせる。
「君も本当にバカだな…」
「なんだとぉ!?」
僕が呟くとスザクは間髪入れずに憤慨する。
本当にプライドだけは高い…。
「この曜日のこの時間はあの人がいるって何度も言ったろ?」
スザクはぐっ、と詰まる。
既に何度か同じ失敗を繰り返しているのだった。
「おっ、お前だってお勉強ばっかで…そんなに楽しいか?」
「まぁそれなりに。…というより、僕には勉強…帝王学を学ぶ必要があるから。君だって日本に居た頃はしていたんだろう?」
枢木スザクは、日本の首相枢木ゲンブの息子だ。
「まぁ…大嫌いだったけど。でも今こうやって棄てられて、やっと自由になったんだ。今更するかよ」
スザクが自嘲気味に笑う。
スザクにそんな笑い方は…似合わない。
しかし、確かにスザクは『人質』としての役割を果たしていた。
「そんな事よりルルーシュ、お前将来皇帝になるのか?」
「え…まぁ、そのつもりだけど…」
深く考えずに答えた。
「でもお前さ、全然運動出来ねーし、弱えーし…」
「な…!それは君が体力バカなだけで…っ」
「だから!」
真っ赤になって弁解する僕をスザクが遮った。
「俺がお前を守ってやる」
「…え…?」
思わず言葉を失った。
「俺が…ルルーシュを守ってやる」
真っ直ぐに見つめてくる真摯な瞳は、幼いものである筈なのに、大人の様な貫禄があった。
きゅっと力の入った凛々しい眉の下のそれに捉えられて、目が離せなくなる。
何故か心臓の音が大きくなる。
「スザク…なんで…」
何で僕にそんな事をしてくれる?
何でそんなに真剣なんだ?
そして何で僕は…
思わず零れた言葉。
向けられた好意に対して、一見失礼な質問だが、僕の純粋な疑問の気持ちを、スザクはそのまま受け止めてくれた。
「なんで…って…」
そこで言葉を切ってスザクはふいに視線を外して天井を見上げた。
「おっ…お前が弱えーからだよっ」
「スザク…」
スザクは僕に手を握られて、ぎょっとして視線を戻した。
真っ赤な顔で、慌てて口をぱくぱくさせている。
「ありがとう……」
回廊の向こうにスザクを見つける。
長い遠征、しかも俺の関わっていない計画の為のものから、やっと本土に帰ってきてくれた。
先程、帰ってきたばかりの時は周囲に人がいたが、今なら…。
若干の緊張で、変に力が入る。
「す…スザク!」
名前を呼ばれてスザクが振り向く。
「殿下…」
そして即座に腰を低くした。
「………」
………やはり駄目、か…。
…何時からだったろうか。
スザクが俺の事をこう呼ぶ様になったのは。
「あ…遠征御苦労だったな。大変だったろう、予定より長くかかった様だし…。…だから俺は、お前が…」
お前が、帰ってくるのが遅くて…それで…。
「………」
スザクは無言のままだ。
…もう、無理なのだろうか。
もうあの頃の様には戻れないのだろうか。
「…殿下……?」
……馬鹿が。
「…いや、何でもない。下らない事だ。…呼び止めて済まなかったな、枢木」
「………っ」
スザクの唇が僅かに動く。
「るっルーシュでーんかぁー」
と、後ろから相も変わらず能天気な声が聞こえてきた。
「…失礼します」
スザクはまた唇を引き結んでその場を去ってしまった。
俺はその背中から敢えて視線を反らす。
「殿下ー…っと、あれっ、お取り込み中でした?」
ジノが去っていくスザクを見ながら首を傾げる。
「…別に」
…微塵も取り込めていなかった、残念ながらな。
ジノが、ふうん、と納得した様な声を上げる。
「…で、好きなんですか?」
思考が一瞬止まる。
「………は?…誰…が、何を…?」
俺は思わず、頭一個分も余計にある巨体を見上げた。
明るいブロンドに、快晴の様なスカイブルーの瞳は、何時でも光を放っていて、俺の頭部とは対照的に、随分華やかだ。
ふざけていると言われればそれまでの髪型でありながら、正に血統書付きと表現するに相応しい気品。
その好く出来た顔一つだけでも女に言い寄られるだろうに。
関係の無い考えが頭を駆ける。
「…またまたぁ。…バレバレなんですよ、殿下…」
…気のせいか?
「…別に、そういうのでは、無い…」
青空が、初めて翳った様に見えた。●●