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スザクは、自身の希望でブリタニア軍に入籍した。
それでも最初は何も変わらなかった。
しかし、互いに体裁という物を考慮しなければならなくなるというのも事実で、俺としても公の場で、軽んぜられている等と思われてしまう様な行動をとられる事は、以ての外だった。
何時迄も幼いままでいる事等出来はしない。
…いや、しかし、それからも二人きりの時は今まで通りに接してくれていただろう…。
対日本戦もあったが、それはスザクがこちらに来てそう間もない頃で、その時スザクは特に傷付いた様子も無く、まだ変わりはなかった筈だが…。
あの頃のスザクは、自分を追い出した祖国や父親を兎に角嫌っていた。
…やはり今になって祖国への愛着が湧いたか…?
確かに、あの戦争は幼心にも、酷いやり方だという印象を持った。
此処の所、余所余所しくはなっていたが、此れ程迄冷たくされるのはやはり先の遠征から帰った後からだと思うから、遠征先で何か…?
…いや、もしかすると、隠していただけでずっと、ブリタニアに怨みがあったのかも知れない…。
俺…にも…。
俺が一緒に居て楽しいと思っていた時も、スザクは腹の中では俺を憎んでいたのかも知れないな…。
「でんかーぁっ」
何時も通りすこぶる明るい声と同時に、横から衝撃が来る。
体当たりも半端無い威力だ。
「…ってうわ!!殿下ッ!!?」
俺の顔を覗き込んだジノが声をひっくり返す。
「…ど、どうしたんですか…!?」
らしく無く動揺したジノが、俺の頬を指で拭って初めて、自分が涙を溢していた事に気付く。
…おいおい、嘘だろう…?
何で涙なんか…。
俺は皇族で、一人の人間に縛られてはいけないし、民衆や臣下に不安な姿を見せる事も許されない。
しかも、自室ならともかく、こんな部屋の外で、俺は何をやっているんだ。
…なんて弱い…。
「…あぁ、気にする事無い。ただ少…」
「アイツですか?」
ストレートな問に、思わず詰まる。
敢えて作っているのかも知れないが、普段の天真爛漫な姿からは想像出来ない程、ジノは聡明だ。
「殿下…!」
ジノが俺をぎゅっ、と抱き締める。
「おい、何やってるんだ、離せ馬鹿…!こんな所で誰かに見られでもしたら…」
…同情は御免だ…!
「…嫌です…!」
「ジノ…!?」
ふざけても、ジノは俺に逆らう事は一度も無かった。
抱き付いてくる事はよくあったが、俺が離せと言えば、直ぐに離した。
でも今は、どれだけ抵抗しても、その手は緩まない。
「ジノ…離せ…っ!」
力で適わないと知っているからか、普段と違う様子に動揺しているからか、元々感情が高ぶっていたせいもあって、再び涙が滲んでくる。
「…殿下、私にして下さい…!私なら、絶対貴方をこんな風に泣かせたりしない!誓います!」
その余りに真剣な声に、思わず抵抗していた腕が止まる。
一度止まると、もう疲れが襲ってきて動けなくなり、男の硬い胸に、仕様が無く頭を預けた。
コイツ…本気なのか…。
……この距離で気付かない振りをする事はもう…。
ジノの力が少し緩んで、心地好い位になる。
…あぁ、何だかもうどうでもよくなってきた。
と、突如に、痛い程心臓が跳ねる。
ジノの腕に抱かれたまま、何本か先の柱の隣で、立ち尽くすスザクと目が合った。
「…スザク…!」
「え…っ!?」
俺はジノの手を振り払って走った。
スザクからも、向けられたジノの気持ちからも、走って逃げ出した。
…顔を合わせられる訳が無い。
ジノはあの後も、何事も無かったかの様に接してくるので、俺はそれに甘んじている。
ジノはそういう人柄で、俺はこういう人間だ。
…が、スザクの方はこちらからも避ける様になってしまった。
…もうどうにもならないじゃないか…。
…変な所を見られてしまったな。
誤解しただろうか…。
…誤解…?
誤解って何だ?
別に俺とスザクはそういう関係では…ってそういうって何だ…!?
…ちょっと待て。
俺はまさかスザクを『そういう』意味で……?
この考えに行き着いた途端、顔がいきなり熱を持つ。
動悸も激しい。
なんだ…。
何なんだこれは…!?
「スーザクぅー」
思わずびくりと肩が跳ねた。
ジノの声…!?
何故ファーストネーム…!?
って、それどころじゃないだろう!!
このまま二人に鉢合わせるのを避ける為に、咄嗟に壁の陰に隠れた。
「…やめてくれ」
スザクの声が聞こえて、俺は陰から様子を覗き見る。
何だかみっともない格好だが、誰も此処を通らない事を願うだけだ。
ジノが上からスザクの肩にしっかりと腕を回していた。
あいつ等…、何時の間にあんなに仲良く…。
べ…っ、別に羨ましくなんか無いぞ…!!
「…ヴァインベルグ卿…」
「やーだなぁ、ファーストネームで呼んでくれって言ってるじゃないか」
明らかに怒りのこもったスザクを物ともせず、ジノは普段の通りの態度を崩さない。
…あいつは、誰にでもあんな風に接する事が出来るのか…。
…それは正直羨ましい。
「なーおいスザク、殿下がさぁ、超沈んでるんだけど。まぁ気丈に振る舞おうとはしてらっしゃるけどさ。慰めてやれよ。仲良いんだろ?」
殿下…って俺だよな…!?
自分の話題に思わず瞬きをする。
これは益々顔が出せない…。
というか、情けないが、ジノには全て見透かされているな…。
「…そう思うなら、君が側に居てやれ」
「……あのさぁ、スザクがそのつもりなら、私は遠慮しないぞ?」
「………」
…残念ながらそんな事を言ったって、どうにもならない。
スザクは、俺に興味等無いのだから。
「私がルルーシュ殿下の一番近くに行くぞ?」
「………」
「…私の好きな様にして、ルルーシュ殿下を…」
ジノが言い終わらない内に、ドン、と鈍い音が響いた。
瞬きする程の間で、スザクが頭一つ分も大きいジノの身体を壁に押し付けていた。
俺は一瞬何が起こったか分からず、只固唾を飲んでその光景を眺めていた。
「…殿下を侮辱するな…!」
地の底から響く様な声で、スザクが言い放った。
「…殿下は…、殿下は……っ」
「…大切なんだろ…?」
スザクに下から睨み付けられたまま、ジノが返す。
スザクの力が緩んだのか、パッと押さえ付けられていた腕を振り払って続けた。
「殿下が大切で、私みたいな新参者に盗られたく無いんだろ?なら何故殿下を傷付ける様な行動をとる?何故素直に接さないんだ!」
「……君には関係の無い話だ…」
「だーからぁ、お前がそのつもりなら…」
ジノはふぅ、と溜め息を吐いて、頭に手をやる。
ジノにしては、これだけでも、よく感情を表に出している方だ。
珍しい…。
「お前が私を嫌いな様に、私だってお前の事好きじゃないよ。…違う状況で会ってたら、そうでもないと思うけど。…私が殿下を幸せにして差し上げたいけど、………お前にしか出来ないんだよ。分かるか?私がどんな気持ちでこれを言っているのか…」
スザクが何事か呟いた。
よく聞き取れなかったが、二人がこちらに歩いて来る雰囲気になったので、俺は見付からない様に自室へ急いだ。
…意外だった。
否定しなかった。
俺が大切だって…、否定しなかった!
スザクが…!
俺は久し振りに口元が緩むのをどうしようも出来ないで、ベッドに飛び込んだ。
あぁ…、駄目だなぁ。
駄目だな、俺。
指導者として本当に未熟だ…。
些細な事で動揺したり、泣いたり。
今だって、こんな事で馬鹿みたいに喜ぶなんて。