MAGI

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時を告げる鐘が鳴る
深夜の2時を回ってしまった
月はまだ高く、その光が王宮の煌びやかや屋根に反射しキラキラと輝いている

「俺とアッバーサが出会って、もう15年も経とうとしている…昔はこんな子供が大人になれるのだろうかと、何度も心配になっていたがそれはただの杞憂だったようだ」

穏やかな表情と穏やかな声色で言葉を紡ぐシンドバッドは
過去を懐かしむようにフッと穏やかに笑った

「俺は生涯、妻を娶らないと決めているが…アッバーサには何れ、どこぞの誰かと幸せになり子供も残して欲しいと思っている」

「…娘を嫁がせる父親のような発言ですね」

「そうだな」

そしてシンドバッドはグラスに残った酒を
一気に飲み干した
甘い酒は、こんな話には似合わないと思いつつも
シンドバッドはジャーファルを酒に誘った核心を離そうと口を開く

「…アッバーサは俺の妹だ…何があろうとも」

「承知しています」

「あの子に似合うのは白い色だ、黒など似合わない…絶対にアッバーサを渡すものか」

「ええ…私も、彼女を全力で守ります」

強い瞳で言葉を紡ぐシンドバッドに
ジャーファルも強い瞳を向けながら
言葉を返した

そして沈黙の後
シンドバッドは不意にフッと笑みを浮かべ言葉を続ける

「お前も立派になったな」

「貴方様のお陰です」

「お前にはいつでも感謝しているよ、ジャーファル」

「たった一杯で酔っておられるのですか?」

「いや、素面だよ…」

ハハハと笑うシンドバッドを視界の端に移しながら
ジャーファルはグラスに残った酒を飲み干した

「お前になら……アッバーサをやってもいいと思っているんだ」

そして窓の外を見つめながら
ポツリと呟かれたシンドバッドの言葉に
グラスを持ったジャーファルの手が揺れる

「…唐突な発言ですね」

「そうか?……俺はお前達がお似合いだと思うが」

「フフ…ありがとうございます」

穏やかな笑顔で言葉を返したジャーファルは
飲み終えたグラスを持ち席を立った

そろそろ眠らなければ明日の公務へ響く
そう王を嗜めるように言葉をかけると
シンドバッドは少し残念そうに肩を竦めた

「なぁ…ジャーファル」

「なんですか?…シン」

「俺の妹は美人だろ」

「……このシスコン」

「それに、優しくて、優秀な魔導士だ」

「それ、さっきも聞きました」

「ああ、何度でも言うさ…アッバーサは俺の妹だ、大切な…大切な」

「あんたがそんなシスコンじゃ、アッバーサの夫になる男性はとおても苦労するでしょうね」

「ああ、だからお前が夫になればいい、俺の事はわかりきっているだろう」

「あの子はまだ19歳です、結婚なんて早い…それに私のような一政務官とは釣合いません」

「身分が何だ、そんな事を気にしているのか?お前は妹の恋人なのに?」

ニヤニヤと呟いたシンドバッドに
ジャーファルは呆れたような表情で言葉を紡ぐ

「あんた、私を酒に誘った理由は“それ”が聞きたかったからですか…」

もっと深刻な理由だと思っていた私がバカでした…と
ジャーファルはため息を吐いた

「で、実際のところどうなんだジャーファル君」

「本当に貴方は色恋沙汰には鋭いですね、はっきり言ってドン引きです」

「それは肯定と捉えていいんだな」

「お好きにどうぞ」

呆れた表情のままジャーファルは2度目のため息を吐く
その様子にシンドバッドは足を組みなおしながら
ジャーファルをまっすぐに見つめた

「妹とはいつからデキてたんだ?」

「下世話な話ですね…」

「俺はほんの最近まで全く気づかなかった、お前達は昔から一緒に育って寝食を共にしていたし、アッバーサがお前に懐くのも自然な事だと思っていた」

「最初は友愛だったのかもしれません…ですがいつしか友愛は恋愛に変わり…そうですね、あとは貴方のお察しの通りです」

淡々とジャーファルは述べる

「一緒に居てすごく居心地が良いんです…それにお互いの事をよく知っている」

「そうか」

「最初は友愛でしかなかった、お互いに心が荒んでいたのかもしれません、きっと寂しかったのでしょう…国もまだ不安定でした…お互い何かに縋りたかったんです」

そこからずるずると、友愛という関係が続き
それが恋愛に変わったのはまだ比較的最近の事であった

「極秘で思いを交し合っていたのですが…まさか貴方に気づかれるとは思いませんでした…何故お気づきに?部屋付きの女官が漏らしましたか?」

アッバーサの部屋には部屋付きの女官が居た
歳はアッバーサと同じで、シンドリアを建国した頃から姫に仕える古株だ
それゆえ、姫に対する忠誠心も一番強く、姫もその女官を一番信頼していた

「いいや、部屋付きの女官といえばサーラの事か?…あの娘はそんな事はしない…俺が気づいただけだ」

「何故、お気づきに?」

「お前達の纏う雰囲気だな、それと俺の勘、あとはお前が妹の部屋によく出入りしていると聞いて」

結局は誰かがバラしたようなものじゃないか…と思いつつ
ジャーファルはフッと笑う

「まさかこのようなタイミングで貴方にバレるとは思っていませんでした」

「コソコソせずとも、言ってくれれば祝福してやったのに」

「いいえ、いいんです…私もアッバーサも…誰にも打ち明けずに極秘で思いを交わそうと決めていたので」

「それは何故だ?」

「もしも、この国が窮地に陥ったら政略結婚くらいするとアッバーサは言っていました、国と王に忠誠を誓っているあの子らしい言葉です」

「だから、お前との仲が知れ渡ってはいざという時にやっかいだという事か?」

「ええ…そうですね」

政略結婚か…と
シンドバッドは小さくため息を吐く

「さて、長話が過ぎました…明日の公務に響きますので私はこれで」

「ああ…色々と私情を掘り下げて悪かった」

「いえ…シンと色恋沙汰の話なんて久しぶりにしました、浮いた話も良いものですね」

そして部屋の扉を閉めようとするジャーファルに向かい
シンドバッドは言い忘れていたように言葉を紡いだ

「それとジャーファル」

「何です?」

「政略結婚など有り得ない、俺は妹を国を動かすための道具になどせん…」

「有難うございます…そうですね…何れは添い遂げられれば幸せですね」

「添い遂げると誓ってくれ…妹がこの国に…否、“アッバーサとして”この世界に居ない未来など想像できない」

「ええ…それは私もです」


そこまで言葉を交わし
ジャーファルは一礼してからシンドバッドの部屋の扉を閉めた

静かになった部屋で
シンドバッドはソファに深く座り込み
空を見上げる

淡い白銀に輝く月は
アッバーサの髪と同じ色をしていた

黒く染まらせてなどなるものか
あの子は白い魔女
黒などに染まってはいけない

だから何に変えても守ってみせる…と
シンドバッドは自らに言い聞かせるように
何度も心の中で反芻させるのだった




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