MAGIW

□流星に願いを
1ページ/1ページ




「あの…ジャーファル、私やっぱり部屋へ戻るわね」

紫獅塔の一角にある、ジャーファルの私室で
アッバーサはソファに腰掛つつ
隣で書簡を読みながら頭を抱える政務官を見上げ
おずおずと言葉を紡いだ

「大丈夫です、もう少しで区切りが付くので」

目の下に濃い隈を作っている彼は
かれこれ3日程眠っていないらしい

それもこれも、煌帝国へ旅立ったシンドバッドが
予想以上に仕事を溜めていたようで
そのツケがアッバーサを通り越し、ジャーファルへと回っていった、という次第である

もちろん、最初の1日はアッバーサも徹夜で兄の溜めた書簡の調印押しを行っていたが
その途中で予算案の数字に間違いが発覚し
それからこの政務官は寝ずに修正に当たっている

ああ纏うオーラが黒い…と思いながら
アッバーサは空になったジャーファルのカップにジャスミンティーを注いだ

「でも、私がいたら集中できないでしょ?」

「その分、仕事を早く終わらせなければという強迫観念に駆られるので、かまいません」

ジャーファルは書面に視線を向けたまま
淡々と言葉を紡ぐ
しかし、それはいつもの事であり
アッバーサは大して気に留める事もなく
自分のカップにもジャスミンティーを注いだ

少し冷めてしまったが
初物のジャスミンティーは香りが格別だ
しかし、そんな香りを楽しむ余裕もない政務官は
水と同じような感覚で
ゴクゴクとジャスミンティーを飲み干していく

「あと、一文で終わりますから」

そう言葉を紡いだ彼は
凄い勢いで羽ペンを走らせていく
ほんとうに文章が頭の中に入り、解読し、予算案の計算が行えているのかと疑いたくなるが
なんせうちの政務官はハイスペックすぎるので
こんな事は朝飯前なのである

そして宣言どおり
仕事をやり終えたジャーファルは羽ペンをスタンドへと戻し
大きく伸びをした

「終わった!!」

「お疲れ様でした」

それと同時に22時を告げる鐘がなる

「では行きましょうか」

その鐘の音を聞きながら
書簡を纏め終えたジャーファルはソファから立ち上がり
アッバーサへと手を伸ばした

「本当に大丈夫なの?3徹したんでしょ、もう今日は寝たほうがいいんじゃ」

差し伸べられたジャーファルの手を握り
アッバーサもソファから立ち上がりながら、そう告げれば
政務官は心外だとでも言う表情を浮かべ
アッバーサへと言葉を紡ぐ

「何の問題もありませんね」

「隈が酷いけど」

「もう私も歳ですから」

「体力は大丈夫なの?」

「ええ、貴女を朝まで抱けるくらいは」

「聞いた私がバカでした」

いたって真顔で答える政務官に危機感を覚えながら
アッバーサは持ってきた黒い外套を羽織
深くフードを被った
それに倣うようにジャーファルも自らの黒い外套を纏い
クーフィーヤを被っていない頭にそのフードを被る

そしてバルコニーへと出て行った二人は
まずアッバーサが重力魔法でバルコニーの淵へとフワリと昇り
アッバーサから差し伸べられた手へジャーファルが自らの手を繋いだ

「じゃあ、行くわよ」

「はい」

そしてアッバーサがバルコニーの淵を蹴るタイミングに合わし
ジャーファルもバルコニーから飛ぶイメージで地面を蹴る

全ての重力を支配し
空を舞う鳥のように軽やかな動きで
2人は紫獅塔の円形に作られた屋根へと飛びのった
そして正門から死角となっている海側の屋根へと移動し
緩い斜面状のつくりとなっている其処へと腰を下ろす

そしてフードを外し
二人で空を見上げれば

満点の星空に
幾つもの流れ星が輝いている

「どうやら間に合ったようですね」

「そうみたい、よかった、次にみれるのは3年後なんだって」

今日はシンドリア上空に流星群が来るとの事で
一日中王宮の女子達の話題はそれで持ちきりだった
その話しをサーラから聞いたアッバーサも興味を抱き
何気なくジャーファルに話してみたら
今に至ったというわけである

「そうですか…3年後も一緒に見れればいいですね」

3年後もこうして恋人として自分達はこの国に居てるのだろうか
そんな考えがふとよぎり
ジャーファルはアッバーサの白い手へと自らの手を重ねた

「うん、そうだね…」

そして否定とも肯定とも捕らえられない返事をしたアッバーサは
そっとジャーファルへと体重をかけもたれかかる

「流れ星はね…流れてから消えるまでに3回願い事をすると、叶えてくれるんだって」

「この短時間に3回は…至難の業ですね」

「でも、それで願いが叶ったら素敵じゃない?」

「ええ、とても」

ジャーファルにもたれかかりながら
上目使いで言葉を紡いだアッバーサは
綺麗な笑みを浮かべ空を見上げた

空を流れる星は数多
その星々を見上げながらアッバーサは願いを込める
そしてジャーファルは願い事はしたの?とアッバーサが問いかけてきたため
ジャーファルも俗説だとは思いつつ
流れる星へと願いを馳せる

「そういえば、アッバーサは何を願っんです?」

「それは他人には明かしては駄目なのよ」

「そうなんですか」

「って、サーラが言ってたわ」

全て他人の受け売りじゃないか、と思いつつ
ジャーファルは言葉を続けた

「では、その願い事は、自分の為、国の為、どちらです?」

「何故?」

「恋人の事は何でも知りたいので」

そう言葉を紡ぎながら
ジャーファルは体勢を変え
背後からアッバーサを抱きしめた
そしてアッバーサの腹に手を回しその体をギュッと抱きしめる

「そうだね…どうなんだろう…敢えて言うなら、国の為は自分の為にも関わってくる…かな?」

「壮大な願いですね」

「そうでもない…うーん…どうだろう」

そしてアッバーサは背後のジャーファルへともたれかかりながら
ジャーファルはどうなのよ、と言葉を紡いだ

「私は…自分の為ですね、国の事は何とか出来ますが、こればかりは俗説の力も借りたいので」

「そうなんだ、叶うといいね」

「ええ」

前を向き空を眺めているアッバーサからはジャーファルの表情は伺えない
それを分かっている彼は
声にこそ出さないものの
悲しそうに目を細めた

ふと見れば、王宮の庭では数多くの恋人たちが空を眺めている
死角になっているこの場所に気づくものはまず居ないと思うが
こうやって堂々と愛を育める者達がうらやましいと思うと同時に
こんなひっそりとしか思いを交わせない自分たちを哀れに思ってしまう、とジャーファルは瞳を伏せる

「愛しています、アッバーサ」

そして不意に口をついて出てしまった言葉に
アッバーサは“知ってるわ”ととても綺麗な笑顔で振り向いた

「私も、ジャーファルの事が大好きよ」

そのまま重ねられた唇は冷たく
互いの熱を移し合うように長い口付けを交わす

「ずっと私だけのもので居て下さい」

夜の空気に充てられたのか
言ってはいけない言葉が口からでてしまう
しかし、自制もせずにジャーファルは言葉を続けた

「国の為に道具として政略結婚をするだなんて言わないで下さい」

「でも、もしもシンドリアが窮地に陥って、それしか打開策がないのなら仕方ないわ」

だってジャーファルもこの国が大切でしょ…といわれてしまえば返す言葉が見つからない

「けれど、今のシンドリアは平和だ…シンだって妹の幸せを望んでいるはずです」

「今…はね」

「今後もです、いえ、永遠にです…貴女が国の道具になる未来など防いでみせます」

そう力強く言葉を紡げば
アッバーサは綺麗な笑みを浮かべ
ジャーファルを見上げた

「さすが優秀な政務官、大好きよ」

「ええ…知っています」

そしてアッバーサはくるりと向きを変え
ジャーファルへと正面から抱きつく
そのまま背後に倒れたジャーファルは
アッバーサを胸の腕抱きとめながら
無邪気な子供のように笑う姫を見上げた

「私は一生ジャーファルが好きだと思う、だからもしも…政略結婚ってなったら、きっとジャーファルと不倫しに時々戻ってくるかもしれない」

その思いもよらぬ言葉に
ジャーファルは意表をつかれた表情を浮かべたが
今度はジャーファルも無邪気な笑みを浮かべ言葉を紡ぐ

「最低ですね」

「そうだね」

「でも、貴女の身も心も独り占めにできて私はきっと喜ぶのでしょう」

「ふふ、そうだね…」

そして二人して笑う
こんな未来、来て欲しくなどない
二人で幸せになりたい

叫びたいほどの思いを心に封じ込めながら
ジャーファルはアッバーサを抱きしめる手に力を込めた

「愛しています、ずっと…恐らく永遠に」

「私もよ…ずっとずっと、大好き」

そして零時を告げる鐘が
綺麗な星空のした響き渡った





END
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ