MAGIT−U

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とうとうアッバーサは昏睡に陥ってしまった
目を覚まさなくなって早1週間
魔道士達の尽力も虚しく、状況は何一つ好転しない

シンドバッドは毎日仕事の空き時間にはアッバーサの部屋を訪れ
状況の好転を祈るが、依然…アッバーサの瞳は固く閉ざされたままだった

そしてジャーファルもまた、忙しい政務の間を縫い
日に何度もアッバーサへの面会に訪れるが
彼の問いかけにもアッバーサは何一つ反応を示さず
意識は深い深い闇の其処へ沈んだままであった

誰もが悲しんでいた
王も
彼女の恋人である政務官も
そして八人将、王宮の官吏達も
誰一人として、姫の目覚めを祈らずに過ごさない日はなかった

そしてアッバーサが昏睡に陥り10日目
深夜に差し掛かろうとしていた時だった

消灯の為に室内のランプを消していたサーラが
アッバーサの寝台横のランプを消そうと手を伸ばした時
一瞬…アッバーサの目じりが動いたような気がし
彼女は驚いてそのランプを手に取り姫の姿を照らす

普段よりも青白い顔
固く閉じられた瞳
しかし次の瞬間
その瞳が強く顰められ、そして彼女はゆっくりと瞳を開いた

「っ…姫様」

サーラはランプを床頭台の上へと置き
瞳を開いたアッバーサの顔を覗きこむ

その瞳は非常に虚ろだった
10日間も眠っていたのだから仕方がないのだろう
そんな虚ろな紅い瞳で天を見上げていたアッバーサは
寝台からゆっくりと上体を起こした

「姫様…良かった…本当に…お目覚めになられて良かったです」

サーラは目に涙を浮かべながら何度もアッバーサへと言葉を紡いだ
しかし、当のアッバーサは一言も発することなく
虚ろな瞳でただ前方を見据える

「ご気分は大丈夫ですか?10日間もお眠りになられて…本当に皆…身の引き裂かれる思いでございました」

そしてサーラはアッバーサへと目線をあわせ言葉を紡ぐが
その虚ろな紅い瞳は何も視界に写していないようでサーラの目線とは一致せず、それは何処か遠い宙を写しているようだった

「10日間もお眠りになられて、きっと状況が飲み込めていらっしゃらないのでしょう…すぐに王とジャーファル様をお呼び致しますね」

アッバーサの目覚めを非常に喜んでいるサーラは
一人嬉しそうに笑顔を浮かべアッバーサの元を離れようとした


その瞬間


サーラの視界には一瞬キラキラと光る鋭いものが映った
そして其れをアッバーサが右手に携えている事も認識できた

しかし次に、左わき腹に走った激痛と、生暖かい不快感に彼女は目を見開く

「…姫……様……」

アッバーサの右手には護身用に寝台の枕の下に隠されていた短剣が握られ
それはサーラの左わき腹へと深く深く突き刺さっていた
流れ出る赤い血液はおびただしく
白い寝台と二人の衣服を段々と赤く染め上げていく

「…どう…し…て…」

サーラは出ない声を振り絞り言葉を紡ぐが
意識は段々と遠のいていく
しかし最後の力を振り絞り、アッバーサの右手を掴もうとした瞬間
衰弱しており素早く動けないはずのアッバーサが、一瞬でサーラから間合いを取り
紐で操られた人形のように、ぎこちない動きで地面へと降り立った

同時に短剣を引き抜かれた痛みで
サーラの意識は辛うじて繋がれた

誰かを呼ばなければ…燃えるような痛みといつ途切れるか分からない意識の中
サーラは声を出そうとするが出るのは弱弱しいうめき声だけで
誰かを呼べるような張り上げた声は到底出せそうも無い

そうこうしている内に
アッバーサはぎこちない動きのまま寝台から少し離れた場所へと座り込んだ
右手に握られていた短剣は左手に持ち替えられており
アッバーサはその短剣で自らの右手掌を傷つけ始める

「姫…様……っ…」

サーラは右手で左わき腹を押さえながらはいずるように寝台横の床頭台へと移動した
そしてそこに置かれている豪華な花瓶を持てる力を振り絞り床へと叩き付けたのだった




バリン!!!




大理石の床とガラス製の瓶は
互いに互いの力を相殺するように鋭い音を放った
当然砕け散ったのはガラス瓶の方で
破片たちがキラキラと宙を舞う光景を見つめながら
サーラは力なくその場へと倒れこむ

辛うじて保たれた意識の中、目に映る光景は
アッバーサが操り人形のようなぎこちない動きで、自らの血で大理石の床へ“何か”を画いている光景だった

「アッバーサ……さ…ま」

もう一度声を振り絞るが
きっと姫には届かない

そして同時刻
アッバーサの部屋から聞こえた何かが激しく砕け散る音に
紫獅塔の警護をしていた近衛や、アッバーサの隣の部屋にいるシンドバッド
そして政務帰りのジャーファルは驚き
すぐさまアッバーサの部屋へと彼らはやってきた

最初に部屋へとついたのはシンドバッドだった
扉を開け、まず目に入ったのは
赤い血だらけの寝台
そして床頭台の側で倒れこみおびただしい血を流しているサーラ

「…いったい…これは」

驚愕の表情を浮かべるシンドバッド
そして彼が視線を動かした先に見つけた大切な妹の姿に
彼は息をするのも忘れ
ただ呆然とするのだった





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