MAGIT−U

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シンドリアからアッバーサが連れ去られて10日が経過した
その間にヤムライハ率いる王宮魔導師達は姫の行方を掴もうと、追跡魔法を駆使したが未だにアッバーサの行方は掴めていない
しかし、彼女が連れて行かれた場所には一つの心当たりがあった
それは煌帝国
アル・サーメンのマギや魔導師が神官として国の上層部に入り込んでいるため
恐らくアッバーサもきっと此処に捕らえられているのでは…とヤムライハは考えていた

だからといって、シンドリアから直接、煌帝国へ姫を返せなど言えるはずもない
ましてや武力による強行突破などもってのほかだ
それでも、早くアッバーサの行方を見つけ、王やジャーファルへ伝えたいと、ヤムライハは追跡魔術が書かれた分厚い魔道書を捲った

あの日から、シンドバッドもジャーファルも酷く気落ちしていた
それは仕方の無い事だった、目の前であのような光景を目撃したのだ
誰だって彼女を救えなかった自らに怒りを感じ、そして無力感にさいなまれ
何度も何度も後悔するだろう
それでも、あの日から10日、2人は国を動かす立場にあるため普段と変わりなく働き続けている

あの場所に居たものなら、誰もが二人を痛ましく思うほどに

“……少しは、悲しい顔をしても良いんですよ?”

そう心の中で言葉を紡ぎながら
ヤムライハは窓の外へと視線を向けた

月は高く昇っている
その光に照らされた階下の中庭では、仕事帰りの文官達が官舎へ向い歩いている

国政は変わらず忙しい
アッバーサの行方は王とそれに近しい立場の者にしか知らされては居ない
下級の官吏には姫はレームへ留学中という事になっているが
果たして姫の突然の留学をいったい何人の官吏達が怪しむ事なく受け入れているのだろうか




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ジャーファルは白羊塔で一人残業を行っていた
国政は変わらず多忙であり、ここ数日はまともな睡眠も取れていない
しかし、彼はがむしゃらに働き続けた

「そんなに、働かれてはお体を壊しますよ」

執務室の扉が静かに開き
足音を消した一人の女官が入室する
そしてジャーファルへと言葉を紡げば
彼は書簡から顔も上げずに言葉を返す

「今は忙しい時期だからね、仕方ないですよ…それよりも君は寝ていなくていいの?」

そこまで言葉を紡げば
ジャーファルはきりの良い所まで書き終えた書簡を机の隅へと置く
インクが乾くには少しの時間が必要だ
そして顔を上げれば、執務室の机の前まで近づいていた女官と目線が合った

「はい、侍医にはもう安静にしていなくても良いと言って頂きました」
「怪我はどう?」
「もう完治です、全く痛くもありませんし、かゆくもありません」
「傷は?」
「少し残ってはおりますが、こんな傷すぐに薄くなりますわ」
「サーラ…私は君に強がって欲しいわけじゃないよ」
「強がってなどおりません、真実を述べているだけでございます」
「そう…」

サーラの傷は10日ほどで完治した
もともと深く致命傷に至る程の傷だったが
侍医や治癒特化型魔導士の尽力により
彼女は一命をとりとめ今此処に居る

「所で、何か用?」
「はい、ジャーファル様に許可をいただきたい事柄がございます」
「私に、許可?」

拱手を組んだサーラは膝を折り
一礼したのちにジャーファルを見上げた

「ジャーファル様、私に数ヶ月間のお暇を下さい」

その言葉にジャーファルは目を見開き
素っ頓狂な声を上げる

「へ?暇をくれってどういう…?」
「そのままの意味でございます」
「でも、君は暇をもらってどうする訳…」

ジャーファルは椅子の背もたれにもたれ、考えるように腕を組んだ
向けた視線の先には、サーラの茶色い髪が見と背後の窓に映る白い月が見える

「私は姫様の侍女でございました」
「…それは知っています」
「だから姫様が無き今…私は自分のすべき事がございません」
「だから何?君はアッバーサが居ないからといって呑気に休みを取ろうとでもいうつもり」

段々とジャーファルの口調は強くなる
サーラの一言一言が非常に気に障った
姫が居ない非常事態だというのに、この姫付きの女官は何を呑気な事を言っているのだと
酷く不愉快になる
そして衝動的に椅子から立ち上がったジャーファルは
膝をつき拱手をするサーラの前まで歩みを進めていた

「君は…アッバーサに救われた恩を忘れたのですか!?」

ジャーファルはサーラを冷たい瞳で見下ろしながら言葉を紡ぐ
矢の様に鋭く痛い視線を浴びながらも、サーラは臆することなく言葉を続ける

「姫様に受けたご恩は一生忘れません…それに私は姫様の侍女です、だからこの国に姫様がいらっしゃらないのなら…姫様がいらっしゃらる国へと赴き、私は姫様をお救いしたいのです」

そしてサーラは顔を上げジャーファルを見上げた
茶色い瞳には強い光が宿っており
頑なな意思が感じられる

「…救うって…たかが女官の君一人に出来るわけがない」
「ですが、姫様はきっと煌帝国にいらっしゃるとヤムライハ様はおっしゃっておりました…また、それを確証するための術が無くもどかしいとも嘆いておられました」
「君は自分のしようとしている事が分かっているのですか」
「分かっております、ですがシンドリアとしても姫様の行方を掴みたいのではございませんか?」
「……」

その一言にジャーファルは押し黙った
シンドリアとしても、彼女の近しい人物としても
彼女が煌帝国に居るという確証がほしかった
それが分かれば彼女を救うための対策も考えられるため、ジャーファルは何度も自分が煌帝国へスパイ紛いの外交へ行こうかと考えた
しかし冷静に考え直した結果、顔の割れている自分では怪しまれるだけだと、自分自身にそんな無謀な事はやめるようにと言い聞かせるのだった

「私は幸いにも煌帝国側の人間に顔を知られておりません」
「だめだ、危険すぎます」
「分かっております、ですが姫様に頂いたご恩を無碍には出来ないのです」
「君に何かあれば…きっとアッバーサは酷く悲しむ…それに君はアッバーサに怪我をさせられたんだ、そんなアッバーサをよく救おうと思えるね…」

酷く悲しげな表情でジャーファルは言葉を紡いだ
しかしサーラは怪我の原因が彼女であることを忘れてしまっていたかのように、きょとんとした表情でジャーファルを見上げる

「これは仕方がないですよ…だって姫様は魔法により操られていたのでしょう?」
「ええ……まぁ…」
「それに、かつて私の命は姫様によって救われました、だから私の命を姫様が終わらせるのなら何の悔いもございません」
「君は少しアッバーサに心酔しすぎている」
「そうでございますか?ですが私にとって姫様は私の世界を作ってくださった神様なんです…だから私は煌帝国に女官としてもぐりこみ、必ずや姫様の情報を手に入れシンドリアに持ち帰ります」

サーラは再び拱手を組み深く頭を下げた
ジャーファルは一瞬困ったような表情をした後

「わかりました…最終的な判断は王に任せます、ですが一番に大切なものは自らの命です…何かあればその命が危険に晒される前に帰ってきなさい」

そしてジャーファルはサーラの頭へと手を置き
茶色く柔らかい髪を優しく撫でた

「君もずいぶんと成長したね」
「もう20歳ですよ、子供ではございません」
「必ず、シンドリアへ帰ってきなさい」
「はい…ありがとうございませす…先生」






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翌朝明朝
サーラとジャーファルはシンドバッドの元へと赴いた
王は変わらず気落ちしている
しかし二人の訪室に、とってつけたような笑顔を見せ元気そうに振舞うのだ
それをわかっている二人なだけに、その姿が酷く痛ましく思い、瞳を細めた

「王よ…私は姫様の安否を探りに煌帝国へ赴きます」

サーラの発言にシンドバッドは一瞬驚いたように目を見開く
そして拱手を組み、頭を垂れるサーラ越しに見つめたジャーファルと目線が合い
彼が何も言わずに頷いたため、シンドバッドは意義を唱えずにその申し出を許可したのだった

そしてサーラは一人ひっそりと国を発った
誰にも知られてはいけない
王宮では彼女は怪我の為に伏せっているという事になっている

船では煌帝国まで一週間程かかる
そして長い船旅の後たどり着いた煌帝国にて
彼女は上手く下級の女官として禁城へともぐりこむ事に成功したのだった






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