MAGI×

□二酸化炭素を吸え、そうすれば楽になる!
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医務官となり早半年
何故だか知らぬ間に私にも当直勤務の当番が組まれていた
当番表を父親(仮)に見せられ笑顔で「カーヤなら安心して任せられるよ」といわれれば断ることが出来ない、元日本人のお人よし精神に泣きたくなる

そんな現在は月も高く昇った零時前で
王宮内はシンと静まり返っている
しかし王宮内というだけあって見張りの武官は24時間勤務らしく
各塔の入り口に2人ずつ見張りの兵士が立っていた

そして大して急患も出ない
皆さんの健康状態が非常によろしいシンドリア王国では
当直勤務といってもほぼやることが無く
私はせこせこと、訓練中に怪我をした武官につかうガーゼ類をエンドレスで折りたたんでいる
ああ、暇だ…何かやることはないか…と背伸びをして
医務室をうろうろと歩き回っていると
何やら廊下からこちらに走ってくる足音が聞こえたかと思えば

「白羊塔で急患です!!」

文官のお兄さんが慌てた様子で医務室の扉を開けた

おお、久々の急患…と思いながら
お兄さんに連れられ向かった先は、白羊塔の政務室で
そこには深夜の人気の無くなった王宮内とは反対に
やつれた様子の文官達がせっせと働いていた

「こちらです」

そして政務室の奥にある応接室の椅子に座っていたのは20代前半くらいの女性で
涙を流しながら胸を押さえている
そして呼吸は浅く早く、泣いているため上手く息が出来ていないようだ

そんな女性の肩を支えながらジャーファルさんがオロオロとした様子で此方を見つめた

「ああ、カーヤさん…部下が急に苦しみだして」

ジャーファルさんの言葉を聞きつつ女性の手に触れ脈拍を確かめる
泣いているためか脈は非常に速い
しかししっかりと拍動しているため血圧は安定しているだろう

「息が苦しいの?」

私の問いかけに女性は小さく頷いた
しかし唇にも爪先にもチアノーゼは出現していないため、一応血液内に酸素は足りていると思う

「胸が痛い?」

それに対しても女性は頷く
胸痛…?うーん、こんな若い子で狭心症や心筋梗塞は考えられないし
心膜炎か?いやいや、触ったところ熱発はしていないし、きっと違うような気がする

となると、考えられるのは

「もしかして、唇や手先が痺れて、頭がぼんやりしてる?」

そう問いかければ
女性は力なく頷いた

相変わらず呼吸は浅く速いし、これは明らかな過換気症候群だと思う

「じゃあ、ゆっくりと呼吸しましょう、ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて」

呼吸のリズムを合わせるように問いかけるが
女性は呼吸が苦しいためさらに酸素を求めようと早く呼吸をしてしまう
ああ、それじゃあ絶対に良くならない
そしてジャーファルさんと代り、女性の背中を支えつつ優しくその背を擦る
そのついでにジャーファルさんへ紙で作った袋を持ってきてもらうように告げた

「大丈夫ですよ、すぐに楽になるからね」

そして到着した紙製の袋を女性の口元に当てながら
ゆっくりと呼吸をするように促せば
徐所に女性の呼吸は落ち着きいてきた

手足の痺れは消失し、頭のぼんやりする感じや胸痛も無くなったと言う女性は、仕事に戻りますと言い出したため、そこは医務官ストップをかけ自室へと送り届けた

その途中で何があって過換気になったのかと聞けば
本日は貿易の収支報告の日で、自分の計算が間違っていたせいで文官総出で修正にあたる羽目になってしまったらしく
自分のせいだと思い込みながら仕事をしていたら段々と涙が出てき
それをジャーファルさんに見つかり
泣くくらいなら部屋へ帰れ!!と3徹目らしく非常に怒りの沸点が低かったジャーファンさんに一喝され
そこから一気に状態が悪くなったらしい

ああ、原因はジャーファルさんか
ここはやんわり彼に言っておく事とする

そして私が政務室へと戻れば
ジャーファルさんは凄い勢いで動かしていた羽ペンを休め
真っ先に先ほどの彼女を心配する言葉を紡いだ

どうやら彼にも自覚はあったらしい

そんなジャーファルさんと政務室をでて廊下で立ち話をする

「部下の様子は?」
「ああ、大丈夫ですよ、発作もおさまりましたので明日には復活するでしょう」
「発作という事は彼女は何か重病でも?」
「いえいえ、ただの過呼吸です、大したことないですよ」
「過呼吸ですか?」
「はい、何か精神的な不安や衝撃により、上手く呼吸が出来なくなって、血液の中の酸素濃度が非常に上昇し、手先の痺れやめまいを訴える発作です」

精神的な不安や衝撃…という言葉に
ジャーファルさんの表情が引きつった
ええ、そうですお察しのとおり
貴方の雷が原因です
というか、最近の若者はメンタルが弱いからもっといたわってあげてください

「精神的な衝撃…という事は恐らく私のせいでしょう…」
「そうみたいですね…彼女から少し聞きました」
「ええ…今更ですが少し怒りの沸点が低かったかな…と」
「まあ、人間寝不足になればイライラする気持ちも分かります」

そんな3徹目のジャーファルさんの目にも青黒い隈が出来ている
ああ可哀想に

「最近の若者は少しメンタルが弱い傾向にあるので労ってあげて下さいね」
「そうですね…労るようにします」
「でも若者も、もっとジャーファルさんを労ってミス無く仕事をこなすようにすべきだとも思います」
「若者って…カーヤさんも十分に若者だと思いますけど」
「私ですか?精神年齢はもっとお姉さんですよ…それとまた過換気の若者がでたら紙袋を口元に当ててゆっくりと呼吸をさせて下さい、それでたいがいは治まります」
「何故紙袋なんですか?」
「過換気は血液中に酸素が多くなって二酸化炭素が足りない状態なので、紙袋を口にあてて自分が吐き出した二酸化炭素を吸ってもらうんです」
「酸素や二酸化炭素と血液の概念がよくわかりませんが、兎に角紙袋を口にあてればいいんですね」
「はい、いざと言うときはお願いしますね、あっあと重要な事なんですが、紙袋をあてる際は少し隙間を作って新鮮な空気が吸えるようにしてくださいね」

そうニコリと言葉を紡げば
ジャーファルさんも疲れた表情ながらニッコリと微笑んでくれた

さて、一仕事終わったから、これから仮眠にでも入ろうか
そう思いながら医務室へ戻ろうとすれば
背後で何かが倒れる音が聞こえ
ふと見れば先ほどのジャーファルさんがぶっ倒れていた

なななな!!!!!
なんという事でしょうか!!!!

そして呼吸と脈を確かめるが異常は無い
その後ふと彼の体に触れてみると非常に熱く
明らかな熱発を彼はしていたのだった

っていうか、よくこんな状態で働いていたな、この人は、そりゃ沸点も低くなるわ…と思いつつ
そこにいた文官のお兄さん達二人を呼び止め
ジャーファルさんを医務室へと運んでもらった

ああ私の仮眠時間よさようなら

そしてうんうん、とうなり声を上げるジャーファルさん(推定39度の熱発)の額に冷たく絞ったタオルを乗せ、ぬるくなったら交換しを繰り返し
私の初当直の晩は終わったのだった



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