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□ハイスペック医務官の私にだって苦手分野くらいある
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毎朝の日課となった、朝議が始まってすぐの事だった
慌しい足音とともに朝議場の扉が開かれる

「カーヤ様!!お願いです娘を!!」

叫ぶうように悲惨な声を上げながら朝議場へと入ってきたのは、王宮の官舎に住み込みで働いている女官の一人で
彼女の腕にはまだ3歳くらいであろう幼児が抱かれていた

「どうされました!?」

腕の中の幼児は四肢が弛緩しており
顔色がかなり悪い
一目見て異常事態だと分かる現状に思わず椅子を倒して立ち上がり彼女の元へとかけよる

「朝食を取らせていたらいつのまにかぐったりしていて…どうしたらいいのか…お願いです助けて下さい」

一先ず幼児を預かり床へと寝かす
失礼しますと衣服をはだけさせ胸の動きを観察する
幸いにも呼吸は止まっていないが、息を吸った際に胸が下がり横隔膜の影響でおなかが膨らむ、そして息を吐いたときには胸が膨らみお腹が凹むという完全なるシーソー呼吸となっていた

ヤバイ窒息だ、気道を何かが塞いでるに違いない

「恐らく朝食か何かを気道に詰まらせています、少し手荒な事をしますが我慢して下さい」

意識レベルはかなり悪い
腹部を突き上げて異物を除去するハイムリック法では嘔吐を誘発し誤飲させるリスクが高いため避けたほうがよいだろう
そのため、幼児の腹側を私の大腿部に乗せその頭が体よりも下になるよう体位を調整した
そして肩甲骨と肩甲骨の間を力強く5回程度叩く

手荒と思われるような処置に、横で母親が悲鳴をあげ気を失いかけていたが
そんな母親をジャーファルさんが倒れないように支えていた

「ごめんね!!頑張って」

祈るような気持ちで背部を叩く
それと共に幼児は咳き込みだし、すぐさま横向けに幼児を床へと寝かしその口に手を突っ込んだ

あった!!何か塊が指先に触れる
そしてそれを書き出すと同時に幼児の呼吸は正常なものとなり
同時に泣き声が朝議場に鳴り響いた

取りあえず、数分間程呼吸困難となり低酸素のため脳に何らかの影響が出ている可能性も否定できず
瞳孔と対抗反射、グラスゴーコーマスケールを測定してみたが、どれもこれも正常で
さすが若い子の生命力は凄いなと思った

「お母さん、この子が喉に詰まらせてたのはナッツです、いくら乳歯が生えていてもまだ小さい子です、食事中は絶対に目を離さないように」
「すみません、ありがとうございます、本当に…本当にありがとうございます」
「念のため今日は仕事を休んで、その子に異常が生じないかどうか見守っていて下さい」

そんな訳でジャーファルさん、この人に本日休暇を下さいといえば
彼は二つ返事で了解をだしてくれた

「幸いにも気道は開通しました、そして私が今診察をした結果大きな異常は認めません、しかしもしかしたら何らかの異常がこの先出現する可能性もあります、だから今日一日貴女はこの子の観察をすること、そして異常があればすぐに私の元へ来て下さい、いいですね」
「はい、ありがとうございます…本当に本当に、ありがとうございます」

そして母親は騒ぎを聞きつけて駆けつけた武官の旦那さんとともに
大事そうに子供を抱きかかえながら朝議場を後にしたのだった

「すみません、朝議を中断させました」

官服と予防衣の乱れを直しながら自分の席へと再び腰掛けた

「いや、さすがカーヤだな、凄く的確な対処だった」
「内心けっこう焦ってたんですよ」
「そうは見えなかったが」
「焦りが表情に出ないだけです」

感心したように言葉を紡ぐ王様は
何処か嬉しそうに言葉を紡いだ

「本当にカーヤは凄いな、子供から老人まで全てを診れる…君がいればシンドリアの医療は安泰だ」
「ありがとうございます、でも私…ぶっちゃけ子供…というか小児、乳児、診るの苦手なんです」

だって体のつくりが脆すぎて
乳児の心臓マッサージは指先2本でしなきゃならないだとか
幼児は片手の付け根であまり力を入れすぎずにしなきゃいけないだとか
救命の現場で、成人に対し全てをバンバンやれ!!と鍛えられた私にとっては乳児、幼児を扱うのは恐いのである

「あーもー、本当はさっきの背部殴打法も内心ドキドキしながらやってたんですよ」
「そうか?とても冷静に見えたが」

その言葉に、八人将一同が頷く
いやいや、そんな事ないのだ
成人はおもいっきり背部を叩いてもいいが、幼児しかも3歳くらいのまだ小さな子にはある程度の手加減が必要で、本当に緊張した

「取りあえず、私、子供苦手です」

ぼそりと呟けば
意外だ!!とでも言いたげな表情で一同の視線があつまった

「まさか、どんな病人でもドンと来いのカーヤに苦手な分類があるとは…」
「私も初耳だわ」
「子供ちゃん可愛いよ」
「カーヤちゃんの弱点は子供…と」
「子供…可愛いと思いますよ?何が苦手です?克服できるようお手伝いしましょうか?」

上から、シンドバッド王
ヤムライハ
ピスティ
シャルさん
ジャーファルさん
と其々、心配そうに言葉を紡いでくれる

私だって普通に小さな子と遊んだりするのは好きだし可愛いし楽しい
けど、それが医療となると別なのだ

「そんな皆さん、私が子供嫌いみたいに解釈しないで下さい!!私は子供を診るのが苦手なだけで子供自体が嫌いというわけでは」
「ですが、まさか貴女に苦手分野があったとは」
「いえいえ、ジャーファルさん、私も人間なんで苦手な分野の一つ二つはありますよ」
「その苦手、克服すべきだと思います」
「いや、だから私は苦手だけどちゃんと診る時はみます」

そんな私の訴えを皆さん可憐に無視してくださり
いつの間にやら、カーヤの苦手克服大作戦に朝議の表題が変更されていた

何故、みんなここまでして私の苦手分野に首を突っ込みだがるのだ
お願いだから放っておいて欲しい
小児を診るのは神経使うから嫌なんだ

「カーヤさん、小さな子供は可愛いですよ、本当に…昔シンドリアに来た当初のシャルルカンなど天使のようで、それがどうしてあのようになってしまったのか私は悲しいです」
「ジャーファルさん、それ俺の存在を全否定してませんか?」
「そんな事ありませんよ、兎に角、子供は可愛い!」

力説するジャーファルさんは、きっと子供が大好きなのだろう
うん、何となく子供と一緒になって遊んでる姿が容易に想像できた

「丁度本日は城下の孤児院へ視察に行く予定もありますので、是非カーヤさんもご同行ください」
「いや…今日は、種痘について研究しようかと」
「ついでに、子供達の健康状態も診て貰いたいですし、そうと決まれば朝議終了後に早速出発しますので」
「いやちょっと待って下さいジャーファルさん」
「子供たちは可愛いですよ、きっとカーヤさんのような優しいお医者様の来院に喜ぶ事間違いなしでしょう」

だが、私はきっと笑顔がひきつってしまうと思う
それでもいいのか?
子供達にあのお医者さん挙動不審だ…といわれてもいいのか?と必死にジャーファルさんに訴えてみたが
彼は私の話しを可憐にスルーし
そして朝議終了と共に私はジャーファルさんに強制連行され
城下の孤児院へと向かったのだった

そして言うまでも無く、孤児院の元気な子供達に囲まれ
先生遊ぼうよとよってたかられ
診察もそこそこに庭を走り回り
私の体力は限界の向こう側にある

ジャーファルさん帰りたいんですけど…と彼に目線で訴えたが
自称子供好き、否、どうみても子供好きなジャーファルさんは視察もそこそこに
子供達との遊びに必死で私の訴えなんぞ聞いちゃいなかった

そんな子供と戯れるジャーファルさんを見つめながら
元気だな…と乾いた笑いをもらしたとある一日




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