白ひげ一家航海日誌(めいん)

□(旧)日誌3:あらしのよるに
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XX年XX月XX日。
稀に見る大嵐が発生。怪我人数名。死者は無し。

2号船のナミュールからモビーディック号にいるマルコに連絡が入ったのは、夜になって食事も終わり、酒も回って皆がほろ酔いでいい気分になっていた時だった。
「明日の明朝から夜にかけて嵐が来るぞ。しかも数十年に一度来るか来ないかの大嵐だそうだ。陸(おか)の連中の情報から割り出した。鳥達の様子もおかしいし、多分間違いねえぜ」
数日前、立ち寄った島で情報を入手し、現在の風の強さと過去の被害状況を聞いて、明日だと判断したようだ。
「進路変更は?」
マルコが回避策を問う。ナミュールは首を横に軽く振りながら答えた。
「無理だ。この風からして、でかすぎて避けきれん。皆、嵐の備えをして今夜は早く休んだ方がいいだろう。明日は丸一日大仕事になるぞ」
「そうかよい。他の船にはこちらから連絡しておく。お前の腕の見せどころだ。頼りにしてるよい」
「任せときな!」
プツッと通信が切れ、マルコは軽く溜め息をつくと他の船に連絡すべく受話器を取った。


陸の人間には想像もつかないかもしれない。陸でも嵐は大きな脅威ではあるが、海の上の比では無い。うまく帆を操らなければ船はなぎ倒され、全てが海のもくずとなるし、マストが折れて帆走に支障がでることもある。
波に船員がさらわれる事もざらに起こるし、陸にある建物とは違い、船内は決して安全なところではない。大砲や武具類をきちんと固定しなければ、室内で凶器と化し、あらゆる物と人を破壊してまわる。キッチンでは食器や調理器具も凶器に変わるのだ。
極端に言えば、船内に置いてある、あらゆる物が危険物へと変わってしまうわけで、安全な場所と言えば、医務室くらいのものだ(手当てを受ける場所で更に怪我するなんてあまりにも間抜けな話だ)。
嵐に備える、とはなるべく物が散乱しないよう固定し、食器類など箱にしまえる物は全てしまうということだ。後は船長と帆走長の判断で船を操舵する。判断をミスすれば、また指示に従う腕が船員になければ、全てがそこで終わる。
嵐が何日も続けば船員の体力の限界も試されるだろう。そんな困難があっても、陸に戻らない男達(もちろん女も少なからずいるが)は立場こそ違えど、皆、心の底から海を愛し、海とともに生きているのだ。


楽しい雰囲気が流れていたモビーディック号は打って変わって大騒ぎとなった。皆慌てて散らかしていた食べ物と酒を下げてまわり、キッチン担当の人間は当番非番に関わらず、必死に洗い物をしたり酒樽を固定しに奔走しだした。突然の騒動に、さっきまで元気よく食べ物を胃におさめていたエースは目を丸くした。
この船に乗ってから運良くなのか嵐に遭遇したことはなく、自分の船があった時何度か嵐は乗り切って来たが、船員が自主的に動ける優秀な人間ばかりだったし、すぐ切り抜けられる小さな嵐ばかりだったので、あまり苦労した記憶がないのだ。
「えらく騒がしくなったな。俺は今からどうすりゃいいんだ?」
横で未だ酒を飲んでいるティーチに声をかける。
「ああ?俺達はただの船員だからな、嵐が来てから仕事するんだよ。でも」
そう言ってティーチはエースの鼻先に指を押し付けた。
「お前は能力者だから甲板に出番はねえぜ」
「は?なんでだ?海に落ちるようなヘマはしねえぞ!」
エースは鬱陶しい指を払いのけながら反論した。なんだか馬鹿にされたようで少し腹ただしかったのだが、ティーチが続けた言葉に怒りが一気におさまった。
「お前の仕事はなんだ、エース?オヤジを守ることだろうが。まあ、やることはマルコが教えてくれんだろ。まあ頑張んな!船は俺たちが守るからよ。ゼハハハハハハ・・・」
ティーチはいつもの笑いを上げながら、去っていった。
まわりの2番隊員も明日は大仕事なんで、と次々寝室へ戻って行った。一日中嵐と言っていたから、飲まず食わずで海と闘わなくてはならないのだから、それは本当に大仕事だ。

エースはそのまま寝室に向かう気にはなれず、マルコを探し始めた。今からの自分の行動がよく分からなかったからというのもあるが、なんか自分一人が皆から取り残された気がして少し寂しかったのだ。
走り回る船員を捕まえ所在を尋ね歩き、ようやくオヤジの部屋で彼を捕まえた。
「ここにいたのか、マルコ。探したよ」
マルコはオヤジの部屋で医療機器を固定する作業をしていた。
「おお、エース、いいところにきたな。ちょっと手伝ってくれよい」
マルコの傍に寄り、横にしゃがみこむ。
「何?」
「ここ、おさえといてくれ。1人だとやりずらくてよい」
ようやく仕事が見つかったと内心ほっとしながら、エースは指示どおり手を動かした。大きな機器を支えながら、ボルト締めに奮闘しているマルコに気にかかっている事を口にする。
「なあ、俺は明日なにしたらいいんだ?ティーチには甲板にお前の仕事はないって言われたんだ」
ボルトに目線を向けたままマルコは淡々と返事をかえした。
「上は他の連中に任せるんだよい。皆優秀だし、心配するな。船の指揮はビスタがとる。2番隊はティーチがうまく仕切るはずだ。隊長は不在だったが、緊急事態には今まであいつが古株だからリーダーを努めてたからよい」
「ビスタが指揮するのか?マルコだと思ってた」
マルコは軽く笑い、エースに目を向けた。
「俺は泳げねえからよい、邪魔にならないように船内にいるんだ。ジョズも一緒にな、オヤジの部屋で待機するんだよい」
エースは目を丸くする。人一倍責任感が強い彼が、ラクするはずはない。オヤジの部屋を軽く見渡してエースは意味を悟った。
機器とベッドは床に固定しているがまわりにある箱やら机やらはそのままだ。オヤジの部屋には新鮮な空気と光を入れるための窓もある。そこから何が飛び込んでくるか分からない。
多少の物が当たったところでオヤジは平気かもしれないが、危険であることは確かだ。それで、オヤジを守るのが仕事だとティーチは言ったのだ。黙って思考を巡らすエースにベットでくつろいでいた白ひげもといエドワードは声をかけた。
「お前、マルコとジョズの能力を見た事はあるか?」
あれこれ考えている最中に不意に投げられた質問に、エースは少しどもりながら答えた。
「ない・・・けど。噂だけは聞いた事がある」
数ヶ月一緒にいるのだけど、お目にかかった事はない。大抵その辺の雑魚なんて他の船員で事足りるし、オヤジ自身に売られた喧嘩はオヤジが1人でのしてしまうから、2人が闘う姿をエースはまだ見た事がなかった。
少し困惑気味でこちらに目を向けている若い息子にエドワードは豪快に笑ってみせた。
「グララララ。そいつはよかった。明日は是非、兄貴達の勇姿を見てやってくれ」


器具固定の作業が終わり、マルコとエースは寝室へゆっくり向かっていた。
「俺、明日何すればいいんだろ。俺の能力って護衛には役に立たないと思うんだ。全部燃やしちまうから・・・」
曇った表情でつぶやくエースにマルコは少し優しい笑顔を向けた。
「オヤジの話し相手になってくれればいいよい。俺達はのんびり話す余裕が途中で無くなってくるから、オヤジは嵐の日はいつも退屈するんだ。そんな事しなくていいから、のんびり話そうぜ。とかオヤジは言うんだけども、オヤジに怪我はして欲しくないからよい。老いては子に従えだっていつも言ってやるんだよい」
「そうか・・・」

そんな事で俺はいいのかとエースは反論したくなったが、マルコがやんわり笑うので、あまり噛み付いて困らせるのは悪いと無理に自分を納得させることにした。役割にも色々ある。無駄な仕事なんてないはずだ。
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