ぽちっと小箱

□☆イゾウ茶屋☆
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空は満月。
雲が所々に散らばるも静かな光は遮られる事なく海を照らし、風は穏やかにモビーディックを撫でては通りすぎてゆく。

そんな今宵の雰囲気にそぐわず厨房で独り、サッチは頭を抱えていた。
先日ワの国で出会った菓子の再現を試みたのだが、何度作っても何故か納得がいかないのだ。味の再現は完璧なはずなのに全く理由が分からない。
「なんだ・・・何が足りないんだよ!くそっ!」
バンッと机を叩く音が部屋に響き・・・後を追うようにため息が広がるのと声がかけられたのはほぼ同時だった。
「なんだ。えらく荒れてるじゃないか。こんな穏やかな夜なのに」
声の主はワの国出身の男イゾウである。当然ながら、サッチはナイスタイミングとばかりに訴えだした。
「先日ワの国で食べた菓子を再現してみたんだがどうも納得がいかねえんだ!味は完璧なはずなのに・・・なあ、ちょっと味見してみてくれよ」
イゾウは小さく相槌を打ち、なるほど、とだけ呟くと目の前に差し出された皿にそっと手をかけテーブルに押し戻した。イゾウの行動の意味が分からず、サッチはなんだよとつっかかりかけたが、イゾウが懐から出してきた包み紙を目にし言葉を飲み込んだ。
「足りないものはこれじゃないのか、サッチ」
イゾウはそう囁いて薄い笑みを向けた後、ゆっくりした足取りで厨房へ向かい、湯を沸かし始めた。
「本当はティーバックより急須で煎れた方が美味いんだろうが、茶葉はいいものだからな。充分いけるはずだ・・・お、沸いてきたな」
黙ったまま見守るサッチにイゾウは淡々と話しながらてきぱきと2つのカップを用意しお盆に乗せて運んでくると、静かにテーブルに並べ、サッチの前に腰かけると嬉しそうに
「さて、頂くとしようかな。なかなか美味そうじゃないか」
と笑い、菓子をほおばると満足げにうなずいた。
サッチはおずおずと菓子に手を伸ばし一口ほおばってみたが印象は変わらず、疑問を感じながら差し出されたお茶を一口含んで・・・その瞬間、言葉にならない叫び声をあげた。
「あははは。どうだ、美味く感じただろ?和菓子は美味い茶と一緒に食わなきゃ完璧とは言えないぜ」
サッチのリアクションを楽しそうに眺めながら得意気に語るイゾウの顔を、サッチはしばし豆鉄砲を食らったかのように眺めたのだった。

そして・・・我に返ったサッチは“この菓子の甘味と茶の苦味が絶妙に絡み合って云々”とブツブツ分析を始めた。
いつもの事だとイゾウは構わず茶をすすっていたのだが、声が聞こえなくなった次の瞬間、
「最高の菓子と茶の組み合わせとかあったりするんだよな?なあ、教えてくれよ!ティータイムの時にでも是非!な、いいだろ?」
と興奮気味に肩をがしっと掴まれ、イゾウは叫びに近い声をあげた。
「うわぁっと!危ねえな!茶がこぼれたらどうしてくれんだよ、全く!」
「おっと、わりいわりい!で、いいよな?」
「分かったよ、教えてやるから手を離せ!」
「おう!すまねえ!恩に着るぜ」


かくして、サッチとイゾウによるワのティータイムが開催されることになったのであった。
<次月に続く>
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