白ひげ一家航海日誌(めいん)

□(旧)日誌4:さかさまの虹
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とりあえず、さっぱりして気分転換しなきゃ働く気分にもなれんだろうと、オヤジは島についてすぐ例の湖での水浴びを決行した。
船から30分ほど歩けば、大きくて向こう岸すら朧げな湖が現れ、船員たちは抱えていた荷物をあちこちに投げ出して服も着たまま次々飛び込んでいった。
野太いはしゃぎ声では水辺特有の涼しさが今ひとつ感じられないが、下着一枚で浅瀬に足をつければ、海とは違う、どこか懐かしい感覚と、能力者が水に浸かった時に感じる独特の気だるさが同時に伝わってきた。

ジョズが横をゆっくり通りすぎ、水が腰のあたりまでくる所で立ちどまると、見るからに慎重な動きで水浴びを始めた。
(元々彼はカナヅチだから慎重になるのも無理は無いが)

能力者は全身を水につける事ができない。普段はそんなに不便を感じないが、こういう時はとても悔しいようなじれったいような感じがする。
子供の頃、能力者になる前はよく同じ村の悪ガキとつるんで川や池で遊んだものだ。自慢じゃないが泳ぎは誰より得意だった。焼ける暑さの日に水の中で感じた心地よさを思い出し軽く溜め息をつく。ジョズと同じく慎重に水を浴びて岸に上がると、岸辺で大きなパラソルの下、のんびりくつろいでいるオヤジの横に腰をおろした。

オヤジの向こう隣ではビスタが優雅に読書中だ。小さなテーブルの上には透明なガラス製のポット(謎の葉っぱと花が浮いている)に氷を入れたグラス(しかもストロー付だ)が置かれている。
白ひげ海賊団は大所帯故に個性も色々だが、ビスタは飛び抜けて場違いな人間だと思う。趣味は読書、好きな酒はワイン、もっと好きな飲み物は紅茶でハーブティーなんかもたしなんでいたりするのだ。まあ、彼は元々は育ちのいい人間だから当然だろう。
ポットに視線をやりながら、そんな事をぼんやり考えているとビスタがこちらに気づいたらしく、いつものごとく薄い笑みを浮かべて、ポットを持ち上げた。
「飲んでみるか?ここの島で取れるハーブはアイスで飲むと美味しいんだ」

こちらの答えを待たず彼はグラスに薄い青色の液体を注いで、オヤジの膝越しにぐいと突き出して来た。あまりお茶の類いは得意ではないのだが、むげにする訳にもいかずこれまたオヤジの膝に手をかけて脚に乗り上げ、渋々受け取る。(図体のでかいオヤジが悪いのだが、普通に手を伸ばしても届かないので上に乗るしかない。まあ、オヤジは別段こちらに気にも止めず、水辺ではしゃいでいる息子達を嬉しそうに眺めているが)

受け取った液体は綺麗な青色で微かに甘い香りがした。一口飲むと、独特な青臭さが口いっぱいに広がり、後からゆっくりと甘さが染み渡って来た。青臭いのはやっぱり苦手だが、後から感じた甘みは悪くない。今まで味見させられた物のなかではまだ飲みやすい方だ。
「飲みやすいな。でもやっぱ葉っぱ臭いのは苦手だよい」
ハーブティーをビスタに返す。彼は気を悪くするでもなく、ただ「そうかい」と呟いて、何事もなかったかのように本に目線を戻した。俺に読書の趣味はない。
したい事もなくただ、はしゃぐ船員達を眺めた。沖の方ではナミュールを筆頭に魚人の船員達が生き生きと泳いでいる。人魚のように優雅とは言えないが、水から次々飛び出して一回転したりする様は一種のショーのようで楽しいものだ。オヤジもそちらに眼を奪われたらしく、喉元で小さく笑い声を立てている。


だが、一流のショーは我が家のやんちゃ小僧が引き起こす騒ぎに突如阻まれた。遠くから叫び声が次々起こる。
「エース!お前何やってんだ!?」
「馬鹿も程々にしやがれ!全く!」
どうやらエースが溺れたようだ。立ち上がり、遠くの騒ぎを見てみるとひっくり返った小舟が浮いている。釣り用に置いていたものを見つけたのか・・・。あまり気にしていなかったのだが、思い返せばエースの姿は岸辺に無かった気がする。
みんなが楽しそうにしているのが耐えられなかったのだろう。まわりの反応からして、事故ではなく自ら飛び込んだようだ。勿論、自殺したかったわけではなく、助けてくれる連中がいるから気にせず飛び込んだのだろうが。
立派に隊長として船員達をまとめあげているが、彼はまだ子供だ。いっぱい馬鹿をして遊んで楽しみたい年頃だ。無理は無い。
「グラララララ。相変わらずだな、エースは。はしゃぎ過ぎだ、アホンダラ」
「ふふ・・・。若いとはいいものだ」
オヤジとビスタも立ち上がり俺の隣で遠くの騒ぎを見ていた。風に乗ってエースの声が聞こえてくる。
「ウェ〜ッゲホゲホゲホッ!!ブハ〜ッ!!いや〜だってお前らだけずるいじゃないか〜!やっぱ太陽の下で水遊びするのは気持ちいいな〜!溺れるから苦しいけど!!」

ナミュールの肩の上で、あっけらかんと笑うエースにまわりも怒る気も失せたらしく、好きにしろと笑い出した。船員の中でも飛び抜けて若い弟分は可愛いもので、勿論、俺もだが皆甘やかし放題だ。まだまだ遊び足りないのかエースははしゃぎ回っているが、大勢の兄貴分が相手してくれているから問題ないだろう。
オヤジとビスタも定位置に戻りバカンスを再開している。
俺も定位置に戻るかと水辺に背を向けたその時、後ろから声がした。
「相変わらずだな、エースは。まあ、いいムードメーカーではあるが・・・」
「トラブルメーカーでもあるよい」

長い髪をかきあげながら水辺からあがってくる友人に、言葉をつなげるように返事を返す。彼は小さく笑い、岸辺で髪の水気を軽く絞って、木にかけたタオルを手に取った。
船員達は無骨な男ばかりなので、ビスタ同様イゾウも結構浮いた存在と言える。女と見間違えるとまではいかないが、そこそこ整った顔で、肌は日に焼けることもなく色白できめ細やかだ。(肌の美しさは和の国の人間の特徴とも言えるが)それにいつも良い香りがする。
「練り香」とかいう和の国で作られているらしい香水みたいなものをつけているからで、普通売られている香水より柔らかい香りで悪くない。(裁縫も得意なので、彼を筆頭に手先の器用な和の出身の男達は、帆の補修に大いに貢献している)

身体を拭いて衣服を纏う動きも流れるようで気品が漂っている。女っぽい奴ではあるが、決して彼にそういう趣味がある訳ではない。そっちの世界の人間から見れば色香があってたまらない仕草なのかもしれないが、勿論俺にそういう趣味はない。
「ビスタがまたハーブティー作ってるぜ。もらうといいよい」
髪をタオルドライするイゾウに一声かける。彼とビスタは、浮いた物同士・・・というのは失礼か。そう、「類は友を呼ぶ」というやつだ、結構仲が良い。
思うに、和の人間はあまり全身でコミュニケーションを取る事が得意ではない。その分、言葉でのコミュニケーションに長けている。
哲学だとか思想だとか詩といったものを好むビスタは、イゾウと話をするのが楽しいようだ。かくいう俺も、イゾウと話すのは心地いい。ビスタの言葉も同じだが、心の底に抵抗無くストンと落ちてくる。(恥ずかしい台詞を、違和感無く口に出来るのはこの2人だけと言い換えられるかもしれないが)
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