めいん2
□涼夏扇子
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秀吉に仕え始めて2年目の夏。
まだ清正が虎之助と呼ばれていた時、夏風邪を引き、自室で寝込む日々が続いていた。
早く汗かいて治すんだよ、とねねの言いつけで布団に篭りきりだったが、それが逆効果だったらしい。
大量の汗をかき脱水症状を起こしかけていた虎之助は、意識も朦朧としかけてきていた。
そんな時だ、佐吉と呼ばれていた頃の三成が水差しを持ち部屋に入ってきたのは。
あまり親しく話すといった間柄でもない佐吉の登場に、虎之助がどうしたものか思いあぐねていると、彼は水を茶碗に入れて差し出してきた。
「汗をかいた分だけ水分はとらねばならん。ほら、飲め」
若干偉そうな物言いに少しむっとしたが、今は言い返す余裕もない。
大人しく水を飲み干すと、佐吉はいい子だ、と虎之助の頭を撫でた。
いつもなら年下扱いするなと手を払いのけるところだが、冷たい手が酷く熱の上がった体に心地よく、もっと触れていて欲しいとさえ思う。
そんな虎之助の考えに気がついたのか、佐吉は額を覆うように手を置いた。
加えてもう片方の手で懐から扇子を取り出し、静かに扇ぎ出す。
普段とかけ離れた行動に虎之助は不安げに佐吉を見上げた。
「さきち……?」
「まだ熱い。扇いでてやるから大人しく寝ろ、お虎」
その時の愛しむような佐吉の顔は、今でも忘れられない。
――それからだ、夏にこれが始まったのは。
清正が体調を崩したときや、夏の暑い盛りに二人だけのとき、三成は清正を呼び、膝を枕に額を手で覆い優しく扇ぐ。
夕日が沈みかけ涼しくなる頃まで扇ぎ続け、日が沈むと眠ってしまった清正を起こし、よく眠れたか、と笑うのだ。
大抵正則や吉継が互いについているからほんの時たまのことだったが、清正はひそかに秘密の休息を楽しみにしていた。
自分にだけ見せる、優しい慈愛に満ちた顔。
普段は気に食わないところのほうが多いから、余計にそのときの顔は清正の脳裏に焼きついてゆく。
それから互いに城を持ち、会うことも少なくなったとき、清正は漸く己の感情に気付いた。
やっと思いを通じ、恋人の座に納まったのはついこの間のことだ。
「お虎、どうした?何か物憂げな顔だぞ」
「……さきち、俺って『弟』なのか?」
この時間は本当に心地いいが、『弟』として見られているように清正は感じていた。
お虎、と呼ばれるのも余計にそう感じる要因となっている。
『弟』ではなく、『恋人』となっていたい清正としては複雑だ。
苦い顔をして不安げに訊ねる清正に、三成は額の手を頭に移し愛しそうに撫で始める。
目を細め手の感覚を追いかける清正を見て、三成は笑う。
「そうだな、お虎はいつまでたっても俺のかわいい『弟』だ」
「な……!」
「だがな、とても大切な俺の『恋人』でもあるのだよ?」
澄んだ目で射抜かれ微笑まれれば、清正の顔が赤く染まる。
涼しい顔をして己を見下ろしている三成は、どこか得意げだ。
『恋人』であってもどこまでも余裕な『兄』が、憎たらしくて愛しかった。
「ん?お虎、熱が出てきたようだぞ?大丈夫か?」
「さきちの馬鹿」
悪態をつきながらも、再び目の前で揺れる藤色の扇子を眺めながら、清正は夢の世界へ誘われて行った。
了
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