リハビリ

□公園のベンチと、小さな嘘。
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青々と繁っていた木々の葉が、赤褐色に染まっていく季節。
涼やかな風が心地よく吹く公園を、美琴と黒子はのんびりと歩いていた。

「ゆっくり来たけど、やっぱりちょっと早いわね。」

美琴が公園の時計台に目をやる。

『えぇ、ですが本日は快晴で気候もちょうど良いですし。
こういう日にのんびりと人を待つ、というのもなかなか趣があってよろしいかと。』

小さく息を吐く先輩に、黒子はふわりと笑いかける。

「ん…まぁ、たまにはいいかもね。何も考えずにボーッとするのも。」

『お姉様…なんだか表現が稚拙ですの。』

「言ってる事は一緒でしょ。」

『まぁ、そうですけれど…。』

二人はいつもの様になんてことない会話をしながら、目についたベンチへ足を運ぶ。

非番が重なったから、放課後4人で遊びに行こう…と約束していたのだが。常盤台中学校は学校の教師陣の会議だとかで、午後の授業を短縮し通常より早い下校となった。

柵川中学校コンビの下校時刻と合わせようと、ゆっくり待ち合わせ場所に向かったのだが。それでも時間をもて余してしまったようだ。

「30分ちょっとかぁ〜…微妙な時間ね。」

美琴はベンチに腰掛けながら呟く。
どこかで時間を潰すには短すぎるし、何もせず待つには少し長く感じる時間だ。

『まぁまぁ、良いではありませんか。わたくしはこうしてお姉様と寄り添いながら紅葉を眺めてるだけでも、全然退屈なんてしませんわ。それこそ丸一日だって構いませんの。』

嬉々として語りながら、黒子は美琴の隣ぴったりに腰掛ける。

「紅葉っつっても、なんかまだまだらで綺麗とは言い難いと思うんだけど…。というか、丸一日は流石に長いでしょ。」

『お姉様はお子様ですから落ち着きがありませんしね。』

「はいはい、すみませんでしたね!落ち着きがなくて。」

『そうやってすぐふてくされる所も、本当にお子様ですの。』

「はいは…ってなに小言言いながらちゃっかり腕組もうとしてんのよ!?」


言い合いで気を逸らせつつ、美琴の右腕に自身の左腕を絡ませようとした黒子だったが…残念ながらその目論見は失敗に終わり、シッペまでされてしまった。

のだが。

『あんっ、お姉様のいけずぅ♪』

どうやらそれでも黒子にとっては“アリ”だったようで。
くねくねと身体を捩らせてご満悦な表情だった。

「うわっ………、今日はやたらとテンション高いわね。いつもに増して不気味だわ。」

美琴は若干引き気味に…いや。実際に少し距離を引いて、もはや放送禁止顔の後輩に嘆息した。

『うフふふフふ………、しかし、』

敬愛する先輩に怪訝な目で見られながら、暫く恍惚とした表情で奇妙な動きをしていた黒子だが。
どうやら奇怪な感情表現も一段落着いたようで。小さく息を吐いた後、ゆっくりと空を仰いだ。

『なんだか久しぶりですの。こんな穏やかな時間は。』

「…最近忙しそうだったもんね。」

『えぇ、本当に。』

日差しに少し目を細めながら微笑を携えた大人っぽい後輩の横顔に、美琴は労う様に呟いた。

先程からコロコロと表情を変えるこの後輩は、ここのところ実に多忙であった。
その主とするところは、やはり風紀委員の活動だ。

迷い人の道案内から、探し物。掃除や雑務、書類整理等の通常業務をこなしながら。且つ黒子は行動範囲外の事案にも、必要とあれば出向いた。

それは街の治安の為。
己が信じた正義の為。

何事に対しても手を抜く事なく、文字通り東奔西走して事件解決の為に尽くした。
そんな少女の正義感等お構い無しに、ここ数日…いや数週間だったか。
とにかく事件が立て続けに起こり、精神的にも肉体的にも、休まる暇などほぼ無かった。

「ま、暑さで浮かれてた連中も落ち着いてきた様だし。アンタも少しは羽伸ばさないとね!」

言うと美琴は、まるで見本だと言わんばかりに大きく伸びをして深く腰掛けた。

『ですわね。』

先輩の清々しい笑顔にクスリと微笑んで、習うように黒子も伸びをして深く腰掛けた。


ーーーーー
ーーー


ただぼんやりと木々を眺めていた美琴が、やけに大人しいなと視線を隣に向けると、既に黒子は小さく寝息をたてていた。

「…フフッ」


先程まで“お子様ですから”なんて言っていたくせに、当の本人はずいぶんとあどけない横顔を晒しているものだ、と。
思わず微笑した。

心地よい気候だからといっても。
疲れているからといっても。

ここは寮ではなく公園で。
更には人との待ち合わせ中だというのに。
安心しきった様に、穏やかに眠るその姿は正に“お子様”そのもので。



(お疲れ様、黒子。)


心の中で、最大限に労う。
その瞳は穏やかで、慈愛に満ちていた。
決して自惚れるつもりでは無いが、相変わらずスヤスヤと眠る彼女の“安心”の理由が、自分だと思うと。
なんだかくすぐったいけれど、穏やかな気持ちになる。


この後輩が言う通り、自分は落ち着きが無いようで。人を待つにしたって、黙って座っているのは退屈でしかたない。
しかし。

今日は特別だ。
いつも落ち着きが無い分、たまには後輩曰く“趣がある”時間を過ごしてみるのもいいし。
後輩を少しでも休ませてやりたい。





「っと、」


グラッ…と。
なんの前触れもなく後輩の身体が傾いた。
瞬間、反射的に肩を抱き寄せる様に支えようとしたのだが、


「あ、」

華奢な後輩の身体は、その僅かな反動で。
ぽてん…と。
美琴側に傾き、そのまま美琴の肩に頭を預ける形になった。


「……」


その衝撃で起こしてしまったんじゃないかと、静かに黒子を伺い見る。
この角度では顔は見えないが、しばらく様子を見ていても、その規則正しい寝息が乱れる事は無かった。


その事に安堵し、美琴は黒子の肩を抱き寄せていた腕を引こうとしたが。


(……あれ?)


抱き寄せた時は咄嗟だったので気付かなかったが。自分の腕の大部分は、黒子の背中とベンチの背もたれに見事にサンドされているではないか。


(…これは…無理ね。)


試しにそっと腕を動かそうとしてみたが。振動が直に黒子に伝わるだけでなく…どうやらこの腕が、眠る黒子のバランスを絶妙に保ってるらしかった。


押すも引くも…どうにもできない右腕を見ていても仕方ないと、美琴は再び木々に視線を移した。
サンドウィッチ状態の腕を意識してしまうと、つい動かしたくなってしまうし、なんだか滑稽だ。


(佐天さん達早く来ないかな〜…)

落ち着きが無い美琴は、文字通り身動きが取れなくなって余計に退屈を感じていた。
黒子を休ませてやりたい気持ちはあるし、だからこそ無意味に起こすこともしたくは無いが、それとこれとは別問題だ。

賑やかな待ち人達が来れば。
退屈な時間も終わるし、起こす理由もできる。なにより黒子自身が今日の日を楽しみにしていたので、万事解決。大胆円で万々歳だ。


期待を込めて時計台に目を移す…と同時。

涼やかな風が走った。




ふわりと香る、後輩のシャンプー。

はらりと舞い踊る、赤褐色の葉。

じんわりと、少し痺れを覚えた右腕。

背に感じるベンチの冷たさ。

肩と腕に感じる人の温もり。




(…………あぁ…)



そうか。そうだった。

悟った様に。懐かしむ様に。
美琴は目を閉じた。


落ち着きが無かったのは。
何もしていないと退屈に感じていたのは。

一人だったから。
心が孤独だったから。

春に咲き誇る花も。
夏の青い空も。
秋の紅葉も。
冬の雪景色も。

綺麗だと頭ではわかっていても。
心の奥底を揺るがす程の、退屈を忘れさせてくれる程の感動が無かったのは…………―――


(…でも。)




ゆっくりと目を開ける。


(でもね。)


色づきがまばらな、中途半端な紅葉だけど。


(思っちゃったよ。)



趣だとか、風情だとか。
そういう表現はしにくいけど。
さすがに丸一日は無理だと思うけど。

心の奥底が震えてしまったんだ。
確かに思ってしまったんだ。







     「すごく、綺麗…」








ーーーーー
ーーー


『まったく初春は。なんで今日に限って日直かなぁ…』

「うぅう……ごめんなさい、…って、私のせいじゃないですよぅ!私だってなんでよりによってって思ってるんですから!!」

『アハハハ、ごめんごめん。後はこれ職員室に持ってけば終わりでしょ?』

「はい、そうですね。佐天さん手伝ってもらってありがとうございました。おかげさまで随分早く終わりましたよ。
これなら、ダッシュで走れば待ち合わせピッタリ位に着けそうですね!」

『いいっていいって、どうせ一緒に行くんだから早い方がいいし。
……初春。はやる気持ちもわかるけど、あそこまでずっとダッシュは無理だよ!?ちゃんと御坂さんに遅れるってメール入れといたから、って。あ、』


「だって私の日直のせいでぇ………御坂さんからの返事ですか?」

『うん、ちょっと待って、………………初春。』

「はい。」

『走らなくて済みそうだよ。』

「はい?」



ーーーーー
ーーー



「……よし、と。」

心の中で、ごめん。と友人に謝罪しながら、細心の注意を払いつつ携帯を左手でしまう。
友人達に早く会いたいのは確かだが、今はもう少しだけこのままで居たかった。





今日は特別だ。

いつも落ち着きが無い分、たまには後輩曰く“趣がある”時間を過ごしてみるのもいいし。

黒子を少しでも休ませてやりたい。


この愛しい時間を、愛しい後輩と少しでも長く…――。









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From 御坂さん

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日直お疲れ様♪
私たちもまだ着いてないから、ゆっくりでいいよ!
また後でね!

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すっかり痺れてしまった右腕で、僅かに抱き寄せる力を強める。

そんなとある日。
公園のベンチと、小さな嘘。


 
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