リハビリ

□甘えんぼう。
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悪夢が終わったその日。

心身共に重なった疲労と、緊張の糸が解れたせいか。
足取りはやや重たかった。

加えて、私と妹達を、命を張って救ってくれた青年へのお見舞い。

本当に実験が終了されたかの確認。
妹達の今後の動向について、色々考えていた為。

帰路についたのは夕暮れ時。
もう、フラフラでクタクタだった。

そこに。

(……黒子。)

寮のエントランスから、泣きそうな顔で走り寄る後輩の姿。

私にギュッとしがみつき、頬をすりよせる様は、まるで迷子になった子供が母親にすりよる様で。

(……ごめん、黒子。…ただいま。)

心の中で呟く。

申し訳なさと、溜まりに溜まった疲労のせいで、押し返す事が出来なくて。

抵抗しない私に違和感を感じたのか、ハッとしたように身体を離して顔をあげて。

『…お帰りなさいませ、お姉様。』

濡れた瞳で、不器用に笑った。

「ん、…ただいま。」


それから後輩は、何事も無かった様に寮へと入っていく。


無断外泊も、身体中の擦り傷も。
ボサボサの髪も、目の下のクマも。

普段は口煩い後輩が、何事も無かったかの様に…


何も聞かないでくれる。
何も知らないでくれる。

(…ありがとう)

それが嬉しくて、申し訳なくて。

だから。
甘えん坊の後輩が甘えてきたら、少しは甘えさせてやってもいいかな…
なんて思ってたら、案の定。

『…一緒に寝ても、よろしいでしょうか?』

枕を抱えて、静かに尋ねてきた。

「…変な事しないならいいわよ。でも、私すぐ寝ちゃうよ?」

疲弊した身体は、正直、夕食を食べるのも、シャワーを浴びるのもギリギリだった。


『睡眠のお邪魔は致しませんの。』

そう言って控えめにベッドに上がる後輩。

「……」

『……』

沈黙が、より一層睡魔を誘う。

なのに、寝付けない。
理由は解っている。



まだ、恐い。

やっと終わった悪夢。
でも、もしかしたら今が都合の良い夢なのかもしれない。
寝て、目が覚めたら、現実という悪夢が続いてるかもしれない。

ザワザワと。胸を掻き立てる嫌な感覚を拭いたくて。

細く細く、息を吐く。…と。


『…起きて、らっしゃいますか?』

遠慮がちな声に、小さく答える。

「…どうかした?」

『その…。…抱きしめ、』



抱きしめて下さい。…だろうか。

本当は今の私に、甘えさせてやる余裕なんてないけれど。

僅かに触れた肌。
黒子が小さく震えてるのがわかる。
緊張しているのだろうか。

そういえば、この後輩は変な所で緊張しい。
普段はしつこい程なのに、本当は素直に甘えられない、甘え下手なのだ。

それも解ってるし、散々心配かけた事もある。今日くらいは大目に見てあげよう。

どうせ眠れないのだ。だったら一晩中…抱きしめてあげよう。




『…抱きしめ、ても…良いですか?』

「…ハッ…え?ちょ、くろっ!?」

そこまで考えが至った瞬間。
了承の返事も聞かずに、首に腕をまわされ引き寄せられて。

私は黒子の胸に、すっぽりと。
抱き抱えられていた。

「………」


咄嗟に抗議の声をあげようとしたのに、身体が動かない。

力が入らない。

『………』

「………」


肌の温もり。

ほのかに香るシャンプー。


そして、この…

『…聞こえますか、お姉様。』

「………うん」

トクン、トクン。と黒子の内側から柔らかく響く鼓動。

全てが。
黒子の全てが。体温が、香りが、鼓動が。

私の力を奪っていく。
不安も、憤りも、悲しみも何もかも包んで、奪っていく。

抵抗なんてできない筈だ。私は今…きっと。安心しきっているのだ。
黒子にギュッと抱きしめられて。



『………』

少しの間、力強く引き寄せられていた腕が、ゆっくりとほどかれていく。

何かが言いたいのだろう。
でも、言えないのだろう。

きっと、たくさん傷付けた。心配かけた。不安にさせた。
どんな言葉をかけられても、それは私自身が招いた結果だ。


「……なに…?」

穏やかになった心が、少しだけ緊張してる。
どんな言葉も、受けとめよう。

『……お姉様にも…』

でも。

『お姉様から、も…』

優しい。でも、今にも泣きだしそうな表情で放たれた言葉は。

『…同じ、…』


罵声でも、怒声でも、泣き言でもなく。

しかし、どんな言葉よりも深く、強く…





『同じ音が響いてますの。』


私の胸に突き刺さった。
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