イベント&リクエスト小説。
□甘い甘い、貴女と。
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『…ただいま…ですの』
「おかえ〜……どうしたの?」
黒子が浮かない顔で帰宅したのは、もう夕食を間近に控えた時間。
真夏の犬みたいに舌を出して、眉間には皺を寄せている。
『あ、えぇ…ちょっと…』
語るのも億劫、といった体で黒子が説明を始める。
なんでも、ここの所店の壁にスプレーで落書きするイタズラが多いらしく。
本日警邏中の黒子が偶然その犯行現場に出くわして、無事に犯人取り押さえ…という運びになったらしい。
今回ターゲットにされていたのは、お茶屋さんの壁で…
犯人を取り押さえたのが、落書きの真っ最中だった為、
その店の壁には書きかけの落書きがあるというのに、お茶屋の主人はいたく黒子に感謝した様で…
お礼に、といって労いのお茶とお茶菓子を出してくれたそうなのだが…
『そのお茶というのが、センブリ茶でして…。
なんでも、風紀委員は体力がいるから、健康第一だと…。』
「うわぁ…」
より一層、眉間の皺を深めた黒子。
センブリ茶というのは体に良いとされるも、もの凄く苦いお茶で…
最近は、青汁に代わる罰ゲームに使われたりもする。
私も、
【淑女はなんでも知ってなければいけない。実際に経験を積むのが大事。】
とおかしな理由で飲んだ事があるが、あれは
苦い。
程度の感想ではすまないものだった。
健康第一、という考えには賛同するけども、10代の女子中学生に対する労い方としては大きく間違っている気がする。
「…で、黒子はそれ飲んだの?」
『…まぁ。わたくしに、と出された物ですから。』
コイツは変な所で礼儀正しい。
私だったら、いらないと言ってお茶菓子だけ貰ったと思う。
まぁ、黒子のそんな融通がきかない所が好きだったりもするんだけど…
「どんくらい?」
『コップ一杯…』
「…よく飲めたね」
『残すのも悪いですし…』
「…………」
私が体験したのは、お猪口一杯程度。
コップ一杯なんて飲みきれる自信は無い…というか飲みたくない。
残すのも悪い…なんて考える余裕なんて私だったら無い。
『その後に食べたお茶菓子も、もう味がわからなかったですの…』
「…だろうね。」
加えて、黒子はかなりの甘党だ。
苦いものが苦手。
コーヒーだってミルクと砂糖をたっぷり淹れて、やっと飲める程度。
『活動を終えてここに帰ってくるまで、ジュースやお菓子を食べてみましたが…いまだに口の中が苦くて気持ち悪いですの。』
そう言って犬が体温を逃がすように、舌を垂らす黒子。
そんな事しても、苦い成分が逃げる訳も無いんだけど…
いっその事、私が落書きの続きを描いてやろうかしら…なんて善からぬ事を思いながら、机の小さい引き出しを開けてみる。
煎餅が2つ、クッキーが1つ、スナック菓子が1袋。
と、
(やっぱりこれかなぁ?)
小さい小さいチョコレートが1つ。
ストックしてあったお菓子の中で、一番効果がありそうだけど、とても小さい。
「黒子、これ小さいけど…いる?」
『お姉様♪ありがたく頂きますわ。』
こんな親指大のチョコレートなのに、それでも嬉しそうな顔で手を広げるのは、相手が私だからなのだろう。
黒子の口からそう聞いた訳でも無いのだが、そうであろう。
という絶対的な自信は一体どこからくるのか。
私自身もよくわからない…。
『あの、お姉様?』
「………」
黒子の手のひら数センチ上で、私は黒子にチョコレートを渡すのを止めた。
包みを剥がして口に放り込む。…私の。
『…あのぅ?』
黒子はポカンとした表情でその様子を眺めていた。
無理も無い。
自分にくれる、と差し出された物を、目の前で差し出した本人が食べてしまったのだから。
「黒子」
美琴が口内でチョコレートを転がしてる様子を、ただポカンと眺めていた黒子だが。
『はい、お姉さ、』
突然、名前を呼びながら詰め寄ってきた美琴に驚き…
『ま、…ん…///』
更には、黒子の頬を手で包みながら唇を開かせ、自分のソレと重ね合わせてきた事に驚いて瞬きをする事すらも忘れた。
(…あ、……)
開かれた唇から、
何かが口内に滑り込む…とても小さくて甘い。
(チョコレート…)
最初目にしたよりも随分と小さくなったチョコレートを舌で転がすと、とたんに口内が甘い香りに包まれた。
美琴から口移しでチョコレートを貰ったのだと初めて自覚して、気恥ずかしさに身悶えながらもゆっくりと目を瞑った。
帰宅途中に苦味を紛らわす為、チョコレートを食べてみもしたが、その時はこんな風に甘い香りは拡がらなかった。
中途半端に苦味と甘味が混じって、結局苦味が勝ってしまっていた。