小説置場

□Drive me nuts
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―――ああもう、こんなに気が乗らないコンサートは初めてよ。

電話越しで、僕の美しい彼女はため息をつく。

ギャラクシアとの戦いも終わり、みちるはバイオリニストとして活動の幅を広げているところだ。そんな時、アメリカでも名のあるオーケストラ、セントラルにソリストとして招かれた。指揮者は彼女の尊敬するリシャルト。最愛の彼女は、3日前、この部屋で意気揚々とスーツケースに荷物を詰めていた。

『私がいないからって、適当なものばっか食べないで何かちゃんと作ってね。』
『わかってるよ。何か作り置きしてくれた?』
『私は練習で忙しいの。たまには自分で作りなさい。』

僕の方には目も向けず、鼻歌を歌いながらパッキングをしている彼女を見ながら冷蔵庫を開けると、そこには何も無かった。

『いつもは何か作ってくれるのに』

と呟くと

『甘えないで。オフシーズンでしょう』

と返された。

『君は1週間もいないんだぞ』
『子猫ちゃんと浮気したらダメよ』

と余裕の笑みを浮かべられた。


僕をないがしろにするくらい、彼女はこのコンサートに集中していたのだ。

そして翌日、彼女は寂しがる様子も見せずに、成田からアメリカへと旅立った。

この分だとコンサートが終わるまで電話ももらえなさそうだ。

いつもはだらしがないと言われるゲームを思う存分、明け方までしてやった。
そうして、翌朝お昼過ぎに目を覚ますと、海の向こうへ旅立った彼女から思ったより早く連絡がきた。

無事にホテルに着いたようだが、どうやらトラブルがあったらしい。

向こうは深夜を過ぎているというのに、電話がしたいと言う。

彼女の不満は、JFKエアポートで彼女のパートナーであるストラディバリウスが税関で引っかかったことだ。音楽家として演奏するためのビザを持っていたし、もちろんバイオリンの持ち込みに関する申告もしっかりした。規定に沿った手続きをしたというのに、運悪く税関に引っかかってしまった。それだけなら良かったのだが、バイオリンのケースを勝手に開けられ、触られたという。みちるはバイオリンを他人が触れることを極端に嫌がっていた。バイオリンは私の体の一部だと言っていたみちる。僕ですらなかなか触らせてもらえなかった。

結局、バイオリンを返してもらうのに数時間かかり、ホテルに着くのが遅くなったという。

『せっかくマンハッタンを見渡せるホテルにしたのに、霧で自由の女神すら見えないわ。』

と文句を言う。アメリカに言って英語を使ってるせいなのか、なんだかちょっとビッチになったなあなんて思いながら、僕はみちるの話に耳を傾けた。

それから2日、彼女はさらにいくつかのフラストレーションを経験したらしい。

「ああもう、こんなに気が乗らないコンサートは初めてよ。」

と彼女は言う。

「リシャルトが体調を崩して共演できなくなってしまったの。」

それはお気の毒に。彼女はリシャルトとの共演を何よりも楽しみにしていた。

「ニュースでは、地下鉄でアジア人が攻撃されたって言ってるし、天気はずっと悪くて湿度が高いの。バイオリンの調整が思ったよりできなくて困ってるわ。それに、リシャルトの代わりの指揮者が若くてイケメンなんだけどね、意見が合わないの。」

―――イケメンなんだけど

と言う、いちいち言わなくてもいい言葉に、一言言いたくなったが、落ち込んでいるというよりイライラしている彼女の機嫌をこれ以上損なわないように、そんなこともあるさ、と笑ってきいてやる。

“Everything drives me nuts”

とみちるが呟いたの、思わず吹き出してしまった。

「そんなに笑うこと?」

と電話越しに彼女は言う。

“It is what it is”

と返してやると

“You drive me banana”

と言うみちる。

一体どこでこんな表現を覚えたんだ、と僕はおかしくてたまらなかった。

「まあいいわ。プロだもの。こんなことで動揺したりしないわ。」
「何も心配してないよ。狼にだけは気をつけて」

と言って電話を切った。

それから、彼女が連絡してくることはなかった。

2日後、彼女が若いイケメン指揮者と共演している姿を、僕はテレビのニュースで見つけた。
観客がスタンディングオペレーションをしているのを見ると、本当に素晴らしい演奏をしたのだと思う。

なるほど、僕に似てイケメンだ

と僕は思った。


その後も3日連続でコンサートを続け、彼女は無事日本に帰国した。

「イケメンの指揮者とできて嬉しそうだったじゃないか」
と意地悪を言ってやると

「ええ、彼なかなか良かったわよ」
と返された。


---Drive me nuts

と呟くと

彼女は何か言った?と振り返る。


いや、何もと呟いて僕たちは空港を後にした。




☆あとがき
作品に出てくる登場人物、団体名は実際とは関係ありません。
渡米3年目、ずっとアメリカを舞台に何か書きたいと思っていて、ようやく書くことができました。
Yey!



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