S以前

□ミュンヘン
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みちるは毎晩悪夢にうなされていた。
目を開けると、全身汗をかき、ひどく息が荒れる。寝ても寝た気がせず、疲れもとれなかった。

睡眠不足の影響で、日中の体調も優れず、すぐに集中力が切れる。それでも、バイオリンのコンクールに、絵画の個展、学校のテストも近い。やらなければいけないこまは山積みだった。

そんなある日、電話が鳴った。電話の相手は母親だった。

「みちる?久しぶりね。突然なのだけどあなた今度の週末、予定はある?」

「どうして?」

「ミュンヘンフィルハーモニーの演奏を友人と聴きに行く予定だったんたげと、彼女行けなくなってしまったの。あなた前にあそこの演奏を聴いてみたいって言っていたでしょう?興味があるならドイツまでいらっしゃい。それに今回のソリストはあなたの好きなカルバーニよ」

ミュンヘンフィルハーモニー

100年の歴史をほこる名のある楽団だ。

ヨーロッパに演奏を聴きに行くことはよくあったが、ミュンフィルはCDでしか聴いたことがなかった。しかもソリストはバイオリニストのカルバーニ。まだ20代と若いが、彼の演奏はミラノで聴いたことがあるが、素晴らしいものだった。

「行くわ」

即決した。

「あらそう。コンサートは日曜日だから土曜日にこっちへいらっしゃい。飛行機は自分で頼んで手配してね」
「えぇ、ありがとう。久々にママに会えるのも楽しみよ」
「珍しい事言うのね。奔放な母親ですけど、嬉しいわ」
「ふふ、パパにも会えるかしら」
「残念ね。パパはロンドンよ」
「寄ろうかしら」
「ダメよ。学校あるんでしょ。休むのは良くないわ」

ドイツに来るように誘っておいてよく言うわ。どのみち何日かは休むのに。
少しだけ呆れたが、母親のこういうところは嫌いではない。みちるは大人しく納得し、電話を切った。

ふと窓の外を見ると、月が覗いていた。
連日の悪夢に疲れており、ちょうど日本を離れたいと思っていた。良いリフレッシュになるだろう。
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