MQWEBアンソロ

□優しいサディスト
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【優しいサディスト】
小説:ドクターブライト様
※15禁になります※





薄闇に覆われた室内に、二つの排気音が響いている。一つはぜえぜえと苦しげに浅い
呼気を繰り返し、もう一つはほとんど音も聞こえないくらいに深い、ゆっくりとした
呼気だった。



「はっ―――あ」

浅い排気を繰り返していたクイックマンが、情欲にしっとりと濡れた声を漏らす。部
屋の壁に付けられた寝台にうつ伏せになって横たわっている。そしてその背には――
―深紅のボディをした、彼の兄機であるメタルマンが圧し掛かっていた。クイックマ
ンが、溜息をつくように最後の排気を行うと、メタルマンは緩慢な動きで彼の背の上
からゆっくりと退く。

皆が寝静まった真夜中。この兄弟機は人知れず、まるで人間のように快楽を貪り尽く
す。



クイックマンの上から下りたメタルマンは、寝台から長い脚を放り出して寝台に腰を
下ろした。そして、寝台の傍に据え付けられているサイドテーブルの上のベッドラン
プに明かりを灯した。室内の一角がぼんやりとオレンジ色に映し出される。

顔の下に敷いた固い枕に頬を押しつけたまま、クイックマンは動かない。激しかった
情事の余韻を残したかのように呆然と呆けた表情で、自分を照らし出すランプの明か
りを見つめていた。

情欲によって高められた機体温度が、表情に、顔色に如実に表れている。クイックマ
ンの白い頬には、ランプで橙色に照らし出されているのにも関わらず、赤く染まって
いるのが目に見えてわかる。



「…大丈夫か、クイック」

いつもの憎まれ口を一つも叩こうとしない、無口なクイックマンは何だか心配だ。メ
タルマンは大きな手で冷却水に濡れた頬を撫でる。

「あー…うん」

なでなでと自分の顔を撫で付けるメタルマンの手が気持ちよくて、クイックマンは目
を閉じてその手に自分の頬を擦り寄せる。

普段は、落ち着きなく動き回っているせいかその身を捕えることは至極困難である
が、自分が甘えたいときや構ってほしいときはとことんまですり寄ってくる。

まるで勝手気ままな猫そのものだ。



目を閉じ、すりすりと頬を擦りつけていたクイックマンだったが不意に目を開いてメ
タルマンを見上げた。

「何か、違和感」

「違和感?」

「今日はいつもと違う」

「違う、とは?」

聡いメタルマンではあるが、今のクイックマンの端的な言葉を理解することは出来な
いでいた。上目遣いでこちらを見つめてくるクイックマンから視線をそらさずに、メ
タルマンは次の言葉を待った。



「…今日は、殴ったり縛ったりしないんだな」

何とも物騒な物言いである。

クイックマンの言葉に、メタルマンは能面のような顔にわずかに皺を寄せた。

「…可笑しなことを言う。お前は、今日お仕置きされるようなことをしたのか?」

クイックマンは、わずかにメタルマンから視線を反らして、うーん、と小さく唸って
考えた。

小さな悪戯から考えれば、覚えもないこともないが、昨日今日には周りから叱られる
ような悪いことはしていない。

誰とも喧嘩もしていないし、今日は割とおとなしく自室でテレビでもってレース観戦
なんかしていたから、研究所内を走り回ったわけでもない。

「俺とて、何も悪さをしていないお前を無意味に殴ったり蹴ったりはせん」





クイックマンの素行の悪さは、彼の父親代わりでもあるドクター・ワイリーも頭を痛
めている。

そんなクイックマンを父親の代わりに諌めるのは、セカンズの長兄であるメタルマン
の仕事だ。



類稀なる美貌と、もはや完成された完璧とも言える戦闘スタイル。

非の打ちどころのないロボットと、クイックマン自身のことをよく知らない他のナン
バーズは、彼をそう褒め称えるが事実はそうではない。



素行も悪いが、聞きわけも悪い。

とりわけ、彼の二つ下のナンバーである「フラッシュマン」との折り合いの悪さは、
ワイリー自身だけでなく周りの兄弟たちも頭を抱えている。よく喧嘩をし、基地を破
壊しかねないほどの大乱闘になることもしばしばだ。

始めのうちは口で何度も注意と忠告を受けていた。フラッシュマンはまあ、元来の面
倒事が苦手な性格か、しばらくはおとなしくしているのだが、どうもこのクイックマ
ンと言うロボットは、人の忠告を右から左へと受け流す悪い癖があるらしい。

警告された直後は「わかったよ」と素直に返事を返すのだが、その数分後には基地内
を持ち前のスピードで走りまわり、あちこちを荒らして回る。

本人に悪いことをしている自覚がないのだ。

口で言っても聞きやしない弟機に、苛立ちが爆発してついには手が出た。酷いときに
は足も出る。それがエスカレートして行って、最終的にはDVまがいの強姦ざたにまで
なったことは数多ある。

性行為による快感と、暴力による痛み、正反対の二つの感覚がクイックマンを襲う。
どちらも、思考を持つ者にとっては、酷く頭の中を混乱させる感覚だ。その感覚に襲
われれば―――クイックマンは自分が自分であることを忘却してしまいそうでそれが
凄く怖かった。

何よりも、普段は慈しむような目で自分を見守る兄が、このときだけは冷たい目で自
分のことを見下しているのだ。

それが一番怖くて、クイックマンは「お仕置き」を受けるのを恐れている。色々な感
覚が綯い交ぜになった中で、最強と言われるクイックマンは、ただ泣いて許しを乞う
しか出来ない。

クイックマンの中では、長兄との性交渉はもはや「制裁」のイメージが刷り込まれつ
つあった。


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