黒バス

□木吉と
6ページ/36ページ


ピーンポーン♪

とチャイムが鳴り、こんな時間に誰だとドアを開けると、


「火神ー! 一緒に映画見よう!」


そこには爽やかさ全開、満面の笑みで佇む木吉センパイがいた。

ついさっきまで一緒に部活をしていたセンパイからはシャワーを浴びたせいか仄かに甘い香りが漂ってくる。その嗅ぎ慣れない香りに少し胸が高鳴った気がしたけどそんなわけない、無視して口を開いた。


「映画?」
「って言ってもDVDだけどな」


そう言ってレンタルショップの袋を持ち上げ見せる木吉センパイに、映画に『行こう』ではなく『見よう』だった理由を納得し特に断る理由も思い当たらないから室内に招き入れた。

この時オレの脳裏には、なんで木吉センパイがオレを訪ねて来たのかなんて当然の疑問は既になかった。




「何見んの? ですか?」
「んー? あれだぞ火神。怖かったら抱きついてもいいからな?」
「いや抱きつかねえけど。………こわい?」
「うん」


おいおいちょっと待て。
センパイの発言に嫌な予感。
とりあえず飲み物を出し既に準備を始めているセンパイの手元を覗き込めば、

……その手には、なぜかホラーDVD。
しかも怖いと有名な。


「っ何でホラー…! センパイ怖いのダメだろ!」
「え?」


目を丸くするセンパイ。
に、また嫌な予感。


「…ああ! そう言えばそうだったな!」
「……」


思い出したかのようにぽん、と手を叩きはははとセンパイは笑う。
何がオカシイ。笑い事じゃないだろ、大丈夫かこの人。


「本当に見んの? やめた方がよくねえ? …すか」
「んー? まあ火神が一緒なら平気だろ」
「何でだよ、ですか!」
「ふたりで怖がろう」
「……っ!」


いそいそと準備を続けるセンパイにもう一度提言するが軽くかわされて。
どうしようもなく呆れてしまうことなのに、ふたりで、とかそんな柔らかい表情で言われたら許してしまうではないか。というかオレは木吉センパイのこの顔に弱いんだ、と思う。なんでか? そんなのオレだって知らねえよ。

とにかく、センパイの提案にオレは「うぃす」と頷いていた。



「よし、じゃあスタート!」













「しまった火神! もうこんな時間だ!」


想像以上に怖かったそれを見終わった頃にはふたりとも叫びすぎて声がガラガラだった。
明日声出なくてキャプテンに怒られるかなー…なんて考えてたら変な声のセンパイがそう叫んだ。
言われ時計を見れば間もなく針はてっぺんを指そうとしていた。そりゃそうだ。見始めたのが既に9時過ぎだったし。
すると、そろそろ帰んのかなーとDVDを取り出すオレの背後から続けざまにセンパイの声。


「泊まってっていいか?」
「、え」
「もう電車ない、かもよ?」


いやいやまだあるだろ。
かもよってなんだ。


「てゆーか暗いし怖い」
「……」


怖いってアンタいくつだよ。つかそもそもコレ選んだのアンタだろ。


「オレがお化けに喰われてもいいのか!」
「え、やだけど……え? 喰われ…?」


なかなか首を縦に振らないオレに焦れたのかセンパイはついに意味のわからないことを言い出した。いや、意味がわからないのはいつものことか。つか何しに来たんだこの人。


「頼むよ、火神…!」
「……」


だけど、こんなに必死に頼まれたら…そりゃダメとは言えないだろ。
だからな、オレはセンパイのこーゆー顔にも弱いんだって。理由は知らねーけどな! それにオレも実は怖いし帰んないでほしい、…とは言わないけど。


「すまんな、ありがとう! オレは床で寝るから」
「え、そんなセンパイを床で寝かせるとかできねえ、ですよ。ベッド使ってくれ、ださい」
「えっ! ふたりで一緒のベッドか…?」
「いや違ぇ。オレ床で寝るからセンパイひとりでベッド使って」
「…ああ! いや、でもそれは申し訳ないよ。でも火神の優しい申し出を無下に断ることもできないから……よし、こうしよう!」


ようやく承諾してやると途端に饒舌になるセンパイ。そして気がつけばいつの間にかセンパイ独特のペースに巻き込まれ……

ふたりで寄り添って毛布にくるまっていた。
同じベッドの中で。


「……なにこれ」
「あったかいし、これなら公平だろ?」
「……」


眩しすぎるほどのスマイルでなぜか自信たっぷりに言うセンパイ。
あったかいはあったかいけど……いや、つか近くね? 本当何がしたいんだこの人。


「おやすみ、火神」
「ぅ、おっ」


わけのわからない展開に、こんな状態じゃ寝れないだろ、そう反論しようとしたけどセンパイはさっさと目を閉じ眠りについていた。

寄り目になってしまいそうなほど至近距離にあるセンパイの寝顔をセンパイの逞しい腕に包まれながら見つめる。
笑っちゃうほど幸せそうな顔のセンパイに振りほどこうと思えば振りほどけた腕をなぜか受け入れたまま、部活の疲れと叫び疲れが相俟ってオレも倣うように目を閉じた。
眠りに誘われる───











「いかんなー」
「………………」


つもりが。
耳に届く、眠ったはずのセンパイの声。
はっきりとしたそれに寝言ではないと悟り閉じてた目を開けると、やっぱりセンパイは起きていてオレを見ていた。

起きてたのか。
つか、いかん?
なにが。


「火神は誰にでもこうなのか?」
「…こう?」


って?


「カンタンに人を部屋にあげたり同じベッドで添い寝したり。…抱き締められたり」


ああ、そのことか。
……って、


「するか!」
「してんじゃん」


オレの必死の否定にセンパイがふて腐れたように唇を尖らせる。
寝たフリをされていたことはこの際どうでもいい。だけどオレがそんなふしだらなヤツだと思われんのは絶対イヤで、ムキになって声を張り上げた。


「それはセンパイだからっ……」
「え?」
「……あ、」


言ってから、はっとなった。
慌てて口を塞ぐがもう遅い。
すぐそばにあるセンパイの顔が緩んだ。

…ああ、もういいや。
胸の高鳴りも、突然の来訪に疑問がないのもセンパイの頼みに弱いのも。振りほどこうと思えば振りほどけた腕を受け入れてしまったのも。
全部おかしくなんかない、知らないなんて嘘。
答えはとっくに知っていた。
センパイの、幸せそうな顔の理由も。


「じゃあ、オレは特別だって思ってもいいのか?」
「…センパイはどうなんだよ」
「ん?」


でもまだ素直にはなれなくて。
だらしなく緩みっぱなしのセンパイの頬っぺたを引っ張りながら矛先をセンパイに向けてやった。


「いきなり人ん家押し掛けて人のベッドに入り込んで。いつも誰かとこんなにくっついて寝てんの?」
「まさか! 火神は特別なんだ、オレにとって」
「………」


向けてやった、けど。
躊躇いもせず恥じらいもせず大声で言い切ったセンパイに、こっちの方が恥ずかしくなった。


「で、火神は?」
「っ、………そう思いたきゃ、思えば」
「そうか!」


照れ臭くて目を逸らしたまま言うと、センパイは今まで見た中でも最上級のだっらしない顔で笑った。

ああくそ、だからその顔に弱いんだってば。

恥ずかしさに耐えられなくなり、センパイのお腹を殴ってやった。
やっぱりセンパイは幸せそうに笑ってた。








「今日は火神ん家に泊まるためにコワイ思いさせちゃったから、明日は一緒にトト○見ような」


オレを抱き締めたまま頭に頬っぺたをすりすり擦り付けてセンパイが言った。


「トト○って…ガキか」


好きだけど。


「…それってどっちが?」


トト○? それともオレ?


「………」
「うん?」
「ちょっとの差で、……センパイ」


少しだけ素直になったら、センパイの腕の力が強くなった。


くるしい、

あったかい、


……うれしい。



END
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ