黒バス

□木吉と
7ページ/36ページ


「センパイ勉強教えて」
「え、保健体育?」
「死ね」


オレの頼みにすげー爽やかないやらしい笑顔で答えるセンパイ。
人が真剣に頼んでるのに。
どんな変態オヤジだ。


「嘘嘘。で、どれだ?」
「古典」


本当に嘘かはわかんねーけど睨んでやったらセンパイはさっきの笑顔マイナスいやらしさな顔つきで頭を撫でてきた。
そんなセンパイを確認しオレがにっくき古典の教科書を見せるとセンパイは「あー…、」と妙に納得。
ほっとけよ。どーせ古典(に限らず国語系)は絶望的に理解してねーと理解してるよ。


「全っ然わかんねーつか読めねー」
「うんうん」
「今さらこんな大昔の文読めたところで何かの役に立つのかよ」
「うんうん」
「あ゙ーーこの世から消えねーかな国語」
「うんう、……いや火神。国語は国の言葉だから消えないぞ?」
「わかってるよ!」
「そうか」


開き直って愚痴りだしたオレにセンパイはいつもの天然発言。それにイラッとした気の短いオレは声を荒げるがセンパイは頷きながらずっと頭を撫でている。
その顔はやっぱり笑顔…っつーかへにゃっとしたゆるい顔で、なんか1人でイラついてんのがバカらしくなった。うん、センパイのこの顔と大きな手はやっぱり落ち着く。


「歴史とか国語系はな、登場人物に身近な人を当て嵌めるとわかりやすいぞ」
「…?」
「例えばだな、んー…」


大人しくなったオレに落ち着いた口調で話すセンパイ。でも言ってる意味がわかんなくてセンパイを見上げると、センパイはオレの持ってきた教科書をひょいと取り上げある一点を指差した。


「コイツはオレだな。で、コッチが火神」
「……なんで?」
「だってこのセリフ。まさしくオレが火神に思ってることそのものなんだもん」
「………」


再び顕れたへにゃっとしたゆるい顔でセンパイが指差す先、


『いとおかし』


おかし?
…おかしい?


「失礼な!」
「ははは、まあ頑張れよ。お前はやればできる子だ」
「ちょ、センパイ!」


その単語から導いた答えはどうやら違ったようだが、食って掛かるオレをかわして最後にぽぽんと軽く頭を叩き、結局何も解決しないままセンパイは去って行ってしまった。

…おいおいマジかよ、つか実はセンパイもわかってねーんじゃねーの?

満足そうなセンパイの逞しい背中を見つめ、オレは数時間後に迫った古典の小テストをどうやって乗り切ればいいのかという疑問の他、新たにできた疑問を抱え教室に戻った。





「黒子、いとおかしの意味知ってるか?」
「…バカにしてるんですか、ボク火神君より頭いいです」
「違ーよ! 木吉センパイに言われたんだよ、オレへの思いだとかなんとか言って」
「………やっぱりバカにしてますか。勝手にやっててくださいノロケとか本当聞きたくないです勘弁してください」
「…は? ノロケ? 何言ってんだよ黒子」


テストを乗り切る結論。
本当はコイツに頼むとか悔しいからしたくなかったけどもうそんなこと言ってる場合じゃねえ、国語は平均的にできる黒子に頼むことにした。
が、オレの問いに嫌そうな顔を惜し気もなく出した黒子はギロリと冷たい視線を寄越し、


「黙らないとその口塞ぎますよ、口で」
「………」


衝撃発言投下。
本当は意味わかんねーからもっと突っ掛かりたかったけど黒子の目がマジっぽかったからこわくて止めた。

…マジでやばい。
最後の頼みの綱と思ってた黒子に拒否られ、カントクとか小金井センパイとか浮かんだけど今からまた2年の校舎に行くのはめんどくさい。さっき木吉センパイのとこ行った帰りに寄ればよかったんだけど、あの時はセンパイしか考えてなかったんだから仕方ない。つかそれ以前にカントクになんか頼んだらテストよりもこわい何かが起こりそうでこわい。あとは降旗とか福田とかー…って絶対あいつらも頭悪ィし。
思い浮かぶ選択肢は全部頷けない。
そんな間にも時間は刻々と過ぎ、気づけばもうテストまで残り1時間を切っていた。つまりこの授業の次がテストだ。

どうしよう、オレ。と思う反面、まあ今さらどうしようもねーけどな、と開き直る。どうせできないのはいつものことだ。
ただひとつ、木吉センパイの言ったあの言葉だけが、オレに残った唯一の疑問だった。





そしてついにやって来た、テストの時間。
配られた問題用紙にはバッチリあの『いとおかし』の文字。
なんだよ木吉センパイ、エスパーかよ。マジで出てんじゃん。もったいぶらないでちゃんと教えてくれれば解けたのに…。
なんて今さらなこと考えても仕方ない。

…よし、じゃあテキトーに。

オレは意を決し、普段は使わない(ほっとけ!)頭を使ってみた。




「………」


恥ず。
センパイがオレに思ってること、それだけを念頭に自分で書いた答え。
に、思わず赤面。
これで違ったらオレイタイだろ。いやつか絶対ぇ違ぇし!

テスト自体さっぱりで全然解けなかったからオレの意識はそこばかりに集中した。
あーでもないこーでもないと考え、結局いちばん最初に浮かんだやつがいちばんしっくりきた。…絶対違うけど。
でもその答えを消さなかったのは、別にそうであってほしいという願いからじゃない、ただ他に答えを思いつかなかっただけだ。

それだけだ。





***





「答えわかったか? 火神」
「……」
「ん? どうした?」
「……テスト返ってきた」
「おお、そうか。で、どうだった?」


数日後。
例のテストが返ってきたぴったり直後、木吉センパイが爽やかな笑顔で教室にやってきた。
マジでエスパーかセンパイ。なんで知ってる。


「………センパイって、恥ずかしいやつ…」
「ん?」


俯いたオレを覗き込むように木吉センパイは前屈みになって微笑む。
オレがもう答えを知ってるってわかっててのこの態度。気に入らねー。なんだよその余裕は!


「答え、納得しただろ?」
「……するか」
「なんで」
「……」


だって。


「火神」
「……」


センパイがぽん、と頭に手を置いた。
ああ…くそ。ずるい。


「照れんなって」
「照れ…っ!」


て、る。実際。
だって、『いとおかし』の意味が。
センパイが、オレに思ってるって言葉の意味が。

『とても可愛らしい』…って。

そんな風に思われてたなんて、どんな顔すりゃいいのオレ。


「だって火神は可愛いよ?」
「言うな! かわいくねー!」
「かわいいのに」


意地になって顔を上げないオレにセンパイは手をひらひらと差し出す。たぶんテストを見せろってことなんだろう。
が、それは絶対ムリだ。絶対阻止する。


「ちなみに火神は答えなんて書いたんだ? ヒントあげたんだからそれなりにー…」
「わーーーっ!! 見んな!!」


しかし奮闘むなしく。
返されたばっかでまだ机の上に出しっぱなしだったテストはさすが名センター、オレの腕をすり抜け、ひょい、とカンタンにかっさらわれてしまった。

やばい。
見られたくない…!


「……ありゃ」
「……ッ」


頑張って伸ばした腕はセンパイに掴まれて。座ったままのオレには届かない位置に高く掲げられたオレのテスト。
解答欄には、

『大好き』

の一文字。


「……ふ、やっぱり火神はかわいいなあ」
「っ、だからかわいくねーって! かなり恥ずかしいんだけど!」
「うんうん。でもコレも正解だな。オレからはなまるをあげよう」
「にやにやしてんじゃねーよ変態っ」


目も当てられないほどに緩みきったセンパイの顔が恥ずかしすぎて喚くオレ。
そんなオレを物ともせずに「はい、はなまる」とか言ってセンパイはオレのほっぺにキスをしてきた。
恥ずかしくて嬉しくて悔しかったから、「ここじゃやだ」って反発してやったらセンパイはさっきよりもっともっといやらしい顔になった。


「……センパイ、顔えろい」
「んー?」
「……ん、」


そのまま覆い被さられて顔を固定され、今度はくちびるにキスをくれた。


「……ああー…火神は本当に『いとおかし』だなあ…」
「……」


センパイのせいで、オレは一生この単語を忘れないな、とおもった。


「センパイのおかげ、でしょ」
「…うっさい」














「…あの、お取り込み中悪いんですけど、見るに耐えないんでやるならどっか行ってもらっていいですか」
「………」


死にたい。



END
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ