黒バス

□木吉と
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対峙して初めて気づいた。

火神の持つ危うさ、そして、それ故の色気。

性的な雰囲気を全く醸さない奴だったから、どこかでオレは安心してたんだ。
それは事実。


でもこれは、向こうで恐らく……










部活後、ざわついてた部室もひとり、またひとりと部員が帰って行くにつれ静かになっていく。
終了後30分もすれば残っているのは鍵当番のオレと、随分熱心に居残り練習をしていた火神だけになった。

とっくに帰り支度を終えたオレは火神の着替えを待つ。いやらしい気はまったく(…と言ったら嘘になるが)なくじっと火神の背中を見ていたら、視線に気付いたのか火神が「何すか」と振り向いた。


――ふたりだけのこの状況。
壁を越えるなら、今しかない。



「…なぁ、火神」
「ん。…あ、悪ィっす。すぐ着替えるんで」
「え? あ、いやそうじゃなくてな、ゆっくりでいいよ」
「…?」


オレが見ていた理由を勘違いした火神が急ぎだしたので訂正すれば、火神はじゃあ何、とでも言いたげに首を傾げた。
そのかわいさと言ったらない。臆していたが少しの後押しをもらい、いつものように自然に切り出せた。


「まあ着替えながら聞いてくれ、お兄さんの悩みを」
「っは、お兄さんて。ひとつしか変わんねーじゃん。ですか」
「んー」


でも火神にはひとつしか変わんないのに兄キって慕ってる人がいるじゃん。
なんて、一度しか会ったことのないオレの悩みの大半を占めている人物を思い浮かべる。
今聞きたいことも正にその人物のこと。


「あのさ、氷室君…だっけ。火神のお兄さん」
「タツヤ?」
「うん」


オレの口からその名前が出てきたことが意外だったのか、火神は再び振り返り反復するように彼の名を口にした。

タツヤ…呼び捨てね。

前にも既に感じたが、その自然さが逆に不自然で。
彼は火神にとって兄のような存在、それは聞いたが、でもやっぱりオレにはそれ以上の何かがあるんじゃないかって思ってしまう。

なあ、火神、


「そのタツヤ君とさー、………」
「…ん? 何?」
「…………いや、」


何を聞こうとしてんだオレは。
『火神はタツヤ君とアメリカでヤったの?』
聞けるかアホ。

でも、惚れた欲目でなく火神から時折感じるあの色気は…、
確実に、向こうにいた時に何かあったと思わせる色香が漂っているんだ。
その相手は氷室君しかいない。あの日バスケの大会で会って確信した。
だけど。

聞けない、聞けないよなぁ…。
あの日からずーっと嫉妬してるが、そもそもオレには嫉妬する権利もないし氷室君と同じ土俵にすら上がれていない気がする。


「何だよセンパイ、急に黙って」
「……」


でも、手に入れたいな。

言葉を途切ったオレを不審そうに眉根を寄せて見る火神は、本当にもう…大好きなんだ。好きすぎて、困るぐらいに。
何でかなんて、そりゃ初めは理由があったんだろうけど今となっちゃ理由なんかない、とにかく火神の全てが愛しくて甘やかしてあげたくなる。


「…ふ、火神」
「ん?」


急いで着替えたからか、火神の制服のボタンが互い違いに掛かっているのに気付き笑みを零しながら近付き直してやる。火神は「自分でできる!」って恥ずかしさからか声を荒げて言うがオレはやめるつもりはない。「いーからいーから」なんて軽くたしなめながら結局全部直した。


「…火神はお兄さんってほしい?」
「え? 何だいきなり。別にいらねえけど」


ボタンが直り「どーもっス」とぶっきらぼうに礼を言う火神の頭をかき混ぜながら先程の問いは追いやり別の質問を投げ掛けた。
ぽんぽん飛ぶオレの突飛な質問にも火神はちゃんと答えてくれる。それがまた愛しい。


「じゃあさ、氷室君は火神にとって…どういう存在?」
「は? タツヤ? …………兄キって思ってるよ悪いか!」


火神は続けざまの、火神にしたら意味のわからない、しかも矛盾を指摘されたような質問に、少しの苛立ちを交えて答えた。

火神は怒ってるけど、その答えにオレは満足。
真意がどうあれオレが火神を信じていればそれでいいじゃないか。火神が氷室君は兄、そう思ってるのならそれで。
火神の過去に何があろうと火神は火神だ。今の、ありのままの火神が好きなんだから。オレが火神を好きなんだから。
その気持ちだけで十分じゃないか。


「じゃあさ、……恋人、とか。ほしくない?」
「……こいびと?」
「ん」


まんまとオレのペースに乗ってくれた素直な火神に極めつけの問いを投げ掛ける。

そのポジションが空いているなら。ぜひオレを第一候補に考えてみてください。

なんて思いを込めて。


「恋人かー。…考えたこともねーな」


「今はバスケしてんのが一番楽しいし」、火神らしい答えにちょっと残念、でも正直ほっとした。

やっぱり火神は火神だ。オレの不安など杞憂に思えた。


「なあ火神」
「ん」
「恋人はいいぞー。試しに作ってみたら?」
「試しにどーやって作んだよ。つかセンパイいんのかよ、そう言うからには」
「え? いないけど」
「…いい加減だなアンタ」
「だからさ、ちょうどいいじゃん」
「は? なにが」
「オレも火神も恋人いない同士さ、試しにつき合ってみようか」
「………」
「な」


今まで溜め込んでいた不安は何だったのか。すらすらと、よく言えたもんだと自分に感嘆する。

そこまで一気に言うと火神は「何が な だよ」とそっぽを向いた。
耳が赤くなっていることに目敏く気付いたオレは、ずるいだろうか。そこに漬け込むことしか、もう考えられなかった。


「お兄さんよりも優しくするよ」
「……」
「いっぱいいっぱい、甘えさせてあげる」
「……」
「飴ちゃんあげるからおいでよ」
「……ふ、どこの誘拐犯だよ」


火神の背後に回り続けざまに告白。
誘拐、か。
それもいいかも、なんて。
黙ったままの火神がようやく笑ってくれたから、嬉しくてつい調子に乗ってその肩に触れてしまったのは、
大目に見てくれるかな。


「拐われてみる気……ある?」
「……………アホか、ですか」


その答えはどうなんだろう。
払いのけることも、断ることもしない火神。
期待ととっても、いい?


「オレの飴ちゃんはすっごく甘いよ。甘くて甘くて、病み付きになるかも」
「………」



なあ、火神。だからオレのところにおいで。
たーっぷりかわいがってあげるから。
甘い甘い、蜜をあげるから。

溺れてしまいそうなほど、体の芯まで愛してあげる。


あと20秒後、振り向いた火神がこの手を取ってくれることを信じて、オレは愛を囁き続ける。



END
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