黒バス

□その他と
15ページ/20ページ


――ああ、マジでツイてない。

普段と違うことをするとよくないことが起こる。そんなのは、日本人の好きなただの言い伝えだと思ってた。だってありえない、それじゃいつもいつも同じように生活しろってことだろ? そんなのムリだ。毎日は違うから新鮮で楽しいんだ。毎日同じだなんてつまんねー。
だけど今痛感してる。やっぱり日本人は正しかった、普段通りの生活、それが一番だった。
―ああ、やっぱり持たなきゃよかったんだ。いつもはこんなモノ持たないのに、なんで今日に限って持って来ちまったんだ。

てのひらに収まる小さな鈴を見つめる。
コレだ、コイツのせいだ。このちっぽけな鈴のせいで、家を出てから今日のオレは最低最悪だ。

今日のお前の運勢は最悪だ。家を出るならこのラッキーアイテムを持って行くのだよ。だなんて言われても、いつもなら置いていくのに。ムリヤリ持たされて、まあいつものより小さいし別にいっかってそのまま持って来ちまった。それより何より、アイツと一緒にいたくなかったから。
ラッキーアイテム? 笑わせんな、コレを持っていたせいで今日オレがどれだけ悲惨な目にあったか。ああ、そっか。今日のオレの運勢は最悪なんだっけな、大当たりだ。このラッキーアイテムのせいで、見事におは朝占いの通りになっちまった。
なんて今更嘆いてもしょうがない。コレを持って来てしまったのはオレ自身で、この運命はどうしたって変えられない。そう、こんな、

――工事中の穴に落ちた状態なんて。

どうやって抜け出せばいいのかもわからない。もう夕暮れだ、今日の工事は終わってるし、こんなところ誰も通り掛からないだろう。
うっかりしてた。考え事しながら工事現場に突っ込むとか情けなさすぎる。ケガをしなかったのがせめてもの救いだ、そんなことになってたらシャレんなんねー。

まったく、マジでイヤんなるぜ。やっぱり普段と違うことなんてするんじゃなかった。アイツと、――緑間と、ケンカなんかするんじゃなかった。
ケンカしてなければ、今頃オレはアイツと一緒にいて。こんなところでこんなことに巻き込まれることもなかったんだ。そうだ、ケンカさえしてなければ。ムキになってラッキーアイテムを握り締めて家を飛び出すこともなかったんだ。
今日は休み、ふたりで家でゆっくり過ごす予定だったのに。


「緑間……」


名前を呼んでみても届かないことはわかってる。だけどそうでもしないと、心細すぎてどうにかなりそうなんだ。
ああ、なんでこんなことに。緑間、今頃どうしてるかな。オレに呆れてたからな、きっとオレがいなくなって清々して、優雅にひとり紅茶でも飲みながらクラシック聴いてんだ。


「みど、り、ま……」


想像したら悲しくなってきた。泣くなんてかっこ悪いことはしないが、油断したら涙が零れそうなくらいには心が震えてる。
こんな時に限って携帯も持って出ていない。そのせいにすればするほど、つくづく普段と違うことなんかしなきゃよかったと後悔する。


「緑間のばかやろう…」
「まったく。お前はこんなところで何をやっているのだよ」
「――…みど、り、ま……?」


寂しさを紛らすために緑間の悪口を呟いたと同時、頭上から聞きたかった声が聞こえてきて。見上げたそこ、暗く狭い地下と夕日が沈み掛けた藍色の空との間には、確かに緑間がいて。心配掛けて、って。家を出る前に見た呆れた顔で言われて。でも、家を出る前よりも優しい声色で。


「な、んでここが…」
「当たり前なのだよ。ラッキーアイテムで補正されているのだから」


嬉しいのに、安心したのに。素直にそう伝えられなくて、緑間の答えにまたおは朝かよって悪態を吐くことしかできなくて。だけどそれでも、緑間は怒らずにそっと手を差し伸べてくれた。

―やばい。柄にもなく、今度こそ本当に泣きそうだ。


「…ふ。安心して泣いているのか?」
「……ばッ! 泣いてねーよバカ!!」
「そうか?」
「―――ッ、」


全て見透かされているのが悔しくてやっぱり素直になれない。でもそれでいいんだ、素直なオレなんてオレじゃない、もうオレは今回のことを教訓に普段通りに生きるって決めたんだ。
ごめん、なんて。ありがとうなんて言ってやんねー。


「それは違うのだよ」
「……へっ?」
「普段と違うことをするとよくないことが起こるのではない。普段していることをしないと、よくないことが起こるのだよ」


いつもそうだが、緑間の言い回しは回りくどくてよくわからない。普段と違うことをする、つまりオレが緑間とケンカしてラッキーアイテムを持って出たのが悪いんじゃなくて。普段していることをしない、……。つまり、どういうことだ…?


「…例えば?」
「お前に好きだと言われなかった」
「、っ! ……」


ケンカの原因。それだ。
まっすぐ緑間に言われてなんだか無性に恥ずかしくなる。ほんの些細なこと、なのについケンカ腰になってしまうのは悪いクセだってわかってる、だけど売り言葉に買い言葉ってやつだ、引けなくなったオレはそのまま家を飛び出したんだ。
だって我に返ると恥ずかしい、いつもはその場の雰囲気に流されて言えるけど(それでもかなり恥ずかしいんだ)、なんの脈絡もなくそんなセリフさらりと言えるほどオレは恋愛に慣れていない。


「でもお前はオレの言うことを聞いてちゃんとラッキーアイテムを持って出た。だからこうして無事助かったのだよ。なんせお前の運勢はオレに掛かっているからな」
「…それもおは朝かよ」
「違う」


助け出されたままの、手を繋いだままの状態だと気付いたが、今それを振りほどくのは違う気がした。
緑間の目、真剣だ。
それに、心地好い、のも事実。


「これはオレの未来予想だ」
「…予想かよ」
「しかし百パーセント現実になる」
「…なんで言い切れんの」
「オレは人事を尽くしているからな。お前と結ばれるために」
「………ッ!!」


突然舞い降りたプロポーズとも取れる言葉。
なんなの、なんでそんなに普通に言えんのコイツ。オレはそんな告白に平常心で答えられるほどお前との関係にドライじゃない。知ってるだろ、ちゃんとマジで好きなんだよ。握られた右手、甲にキスを落とされてじっと目を見つめられて。息が詰まる。顔から火が出る。やばい。もう消えたい。逃げたい。
――伝えたい。


「……んだよ、それ…。恥ずかしいヤツ…」
「嬉しいのだろう?」
「……う! 、っれしいよ、好きだバーカっ!!」
「ふ。やっと言ったな」


絞り出すように言った言葉は緑間の優しい微笑みに感化され、喉奥で詰まってた思いが一気に溢れ出た。
なんだ、言ってしまえばカンタン、こんなに嬉しそうな緑間が見れんなら、もっといっぱい言ってやってもいいかな。


「緑間!」
「なんだ」
「ごめん! あと、ありがとう! …あと、………好きだぜ!」
「オレもだ。愛してるのだよ、火神」


ああ、おは朝占いは本当によく当たる。ラッキーアイテムの効果は絶大だ。



END
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ