黒バス

□その他と
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リコに仰せつかった2号の散歩も終わり、まだ日も高いしこのまま帰るのもな、とぶらぶら街を歩いていた火神。すると遠目からでも十分過ぎるほどにわかる見知った人物を見つけ、ぴたりと足を止めた。


「あ、タイガ」


直後、顔を歪めた。


「…何呼び捨てしてんだよ」


知り合いでなくとも注目してしまうような2メートルを裕に越す男・紫原は、火神のチームメートである黒子の元チームメートであり火神のアニキ分である氷室の現チームメートではあるが、直接火神とどうこうというほどの距離感ではない。それこそ、下の名前で、しかも呼び捨てで呼ばれるような親しい間柄などでは。
しかし火神が顔を歪めたのは単に呼び捨てが嫌だったからではない。その呼び方で呼ぶのは親の他にはひとりしかいなく、紫原がその影響を受けているのであろうことがまざまざと感じ取れたからだ。


「タイガでしょ? アンタ」
「…そーだけど」
「……ああ。なんでお前に呼び捨てにされなきゃなんねーんだって顔〜?」
「っ! ……別に、」
「だって室ちんがタイガタイガ言うからさ〜」
「―――っ」


やっぱり。
紫原の口から出た名前に火神は体を硬直させた。
氷室と普段一緒にいる紫原ならその呼び方が浸透しているのも不思議ではないのだが、火神はありもしない裏側を想像してしまい面白くなかった。
氷室と紫原の、チームメート、以上の関係性を。


「室ちんがねーオレのタイガがどうだとかすごい話すんだよねー。だからなーんか、オレ アンタとあんまり話したことないのにすごい近くにいる気がするんだよねー」
「……」
「あ、室ちんと言えばこの前ー」
「…お前あんまり室ちん室ちん言うな」
「、え?」
「今はオレといるんだからタツヤの話はいいだろ」
「………」


火神自身、何故そんなことを口走ったのかわからなかったが、ただ、紫原の口から氷室の名前が連呼されるのが嫌だったのは事実。その理由も本人は未だ知りもしないが、言われた方の紫原は何かを汲み取ったのかどこか思案する素振りで口を開く。


「それってさぁ…」
「なんだよ」
「うーん……」


火神は氷室が好きだった。それが恋愛なのか友情なのか、はたまた家族愛なのかは定かではないが、火神自身はもちろん兄弟としての親愛だと思っている。昔から氷室に可愛がられてきた身としては、最近紫原に構う氷室に対し不満で不安だった。それは単に氷室を取られたことへの不満なのか、はたまたそれ以外なのか。やはり本人もわかっていなかったが、紫原と一緒に氷室の話をすることはどうしても耐えられなかった。
一方、紫原は最近火神が気になっていた。それは火神の思うように身近にいる氷室が原因なのだが、今ではタイガタイガ言う氷室にもタツヤタツヤ言う火神にもイライラする。こう見えて意外にも聡明な紫原は気づいていた。自分の気持ちに。それは何も氷室が火神のことばかり話すのが嫌なのではない、確実に、火神が氷室に普通以上の思いを抱えていることが原因だった。
紫原は火神が好きだった。恋愛の意味で。
そうなれば、火神本人以外は皆気づいている、火神のことを恋愛感情として好きな氷室と、恋愛ではないとしても特別な感情を氷室へ抱いている火神との仲を引き裂きたいと思うのは、黒い感情ではあるが至極真っ当な精神であった。だからこうして遥々秋田から東京まで、せっかくの休日返上で出向いているのだ。ここに氷室はいないのだから。

はたしてその成果はあった。
今しがたの火神のセリフ、欲目ではなく、まるで自分以外の人のことを考えないでと嫉妬する恋する女の子のようではないか。それはつまり。紫原が氷室の話をすることが嫌だと。これ即ち、火神も自分のことを好きなのではないか。
そう結論付けたら最後、ゆるく見られがちな紫原でも中身はれっきとした健全な男子高校生。自分の感情を理解できずに困り顔を浮かべている火神の手を取り、足早に人気のない路地裏に引き込んだ。


「っ、わ! なんだよ紫原急にっ、…つか、手!」
「そんな顔でそんなこと言うアンタが悪い」
「………はァっ?!」


ぐんぐん、ぐんぐん。その日本人離れした体躯で突き進む紫原。段々と路地は細く狭く、暗く―――



「……っ、つか、っ! なんっでこんな、っ狭くて暗いとこ…っ!」
「……あ」


バスケをしている時とはまるで別人。あの挑戦的な瞳は何処へやら、薄ら涙さえ浮かべてどうやら怯えている火神。に、気づく。閉(暗)所恐怖症なのだろうと。そして思い出す。
自分もそうであったと。


「やべえ狭いし暗いし何ここ!」
「オレだってやだし。暗いの」
「おおおお前が連れて来といて?!」
「だからそれはアンタが、」
「人のせいにすんな!」


せっかく良い雰囲気になれそうだったのに。それを壊したのは自分だが、喚き散らす火神にイラッとして紫原は握ったままの手を更にぎゅっときつく包み込んだ。これで思い出せばいい、先程までの甘酸っぱい空気を。
しかし今日の火神は悉く紫原を裏切る。良い方向に。


「…ん。そうされると落ち着くわ。ついでにお前オレの壁になれ。周りに何かあればまだ怖さが和らぐ。気がする」
「………こう?」


包み込んだ掌を逆に握り返され、その上可愛いおねだり。面食らいながらも言われた通りに紫原がその僅かに震える肩をぎゅうと抱き締めれば、


「ん。よし、落ち着いた」


こてん。紫原の胸元に頭を預け、安心しきった笑顔。
これって本当に自分の気持ちに気づいてないの? そうだとしても本当は気づいていたとしても、とんだ小悪魔だし。
紫原はそう思ったが口には出さなかった。もう壊さない。幸せで甘い空気を。


「昔はよくタツヤに世話んなったんだよ」
「…室ちん?」
「ん。狭いとことか暗いとこにいる時は、ずっと手握っててもらった」
「…え」
「がっ、ガキん頃の話だぞ?! だせーとか言うなよなオレも子供だったんだ!」
「違うし」


紫原の疑りとは裏腹、もちろん素で動いている火神はだからこそこんなことも悪気なく言ってしまうのだろう。火神のことが好きな紫原からしたら至福の時間、それを簡単に破壊する、たったひとつの名前を。


「じゃあ何怒ってんだよ」
「たぶんアンタと同じ理由」
「…は?」
「オレ、アンタが室ちんの話するのイヤ」
「……な、んで」


自分と同じ理由だとすれば、自分が見つけられていない答えを紫原が教えてくれるのではないか。淡い期待を抱いて火神は紫原に訊ねるが、散々振り回された、しかも火神より数倍も機転の利く紫原がただで教えるはずもなく。


「キスすればわかるかもねー」


言い方はいつもの間延びしたやる気のない感じで。
だけどその目は、凛と真剣そのものの獲物を捕らえた獣のそれで。

――数秒後、触れた唇から火神が自分の感情の答えが見つけられるのか。
その答えがわかるのは、更に数秒後のこと。


「これからはオレが室ちんの代わりになってあげる」



END
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