黒バス

□木吉と
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火神はゲイだ。

何故オレが火神のそんな深い性癖を知っているのかと言うと、それは本人に聞いたからだ。
何故本人に聞いたのかと言うと、

それは偶然だった。
休みの日の夕暮れ時、火神が火神より更に大きいガタイのいい男と歩いているのを見掛けた。
楽しそうに談笑していて、火神の左手にはスーパーの袋、そして右手にはその男の手が繋がれていた。
その距離は限りなく近く、一目でどういう関係かわかった。

声を掛けそびれたオレは二人から目が離せなかった。
きつく結ばれた手と手をじっと見つめる。
夕日に染められた火神の赤い髪が輝いて、綺麗だ、なんて見入ってしまった。
すると火神と目が合ってしまった。
別にオレは後ろめたいことがあるわけじゃないが、事実火神を観察してしまったことに変わりはなく咄嗟に声が出せなかった。へたくそな苦笑いをこぼすだけ。
しかし当の火神は特に慌てるでもなく恥ずかしがるでもなく、「あ」と一言だけ漏らし再びオレに背を向け去って行った。

遠ざかる後ろ姿に切なくなる。
夕日に伸びた火神の影でさえ、もう届かないほどに離れていった。


そして翌日火神から告げられた。
「ゲイなんだ」、そう言ってすぐ火神は「気持ち悪いだろ?」と鼻で笑った。
とんでもない。
気持ち悪さなんて微塵も感じなかった。
それどころか、火神の告白に嬉しい、そう思っている自分がいた。

どうやらオレは火神のことが好きらしい。
オレは自分がゲイだなんて知らなかったけど、火神のことが好きなのは本当だった。


その後、オレと火神の奇妙な関係は始まった。
火神はフラれる度にオレの元へやって来る。事情を知っていて尚、突き放さず受け入れたオレだからこそ頼めるのだろう。
「抱いてくれ」、そう言う火神はひどく色っぽい。
慰めて欲しいだけ、それは承知の上だが、オレには断る理由もなく求められるがままに火神を抱いた。

火神がゲイだろうとオレは自分の思いを伝えるつもりはなかった。火神の心がオレには向いていないことを知っていたから。

オレはずるい。
火神が好きなことを隠して、人助けの振りで火神を抱いている。
本当は心ごと抱きたいのに。全て欲しいのに。身体だけじゃ嫌なのに。
それなのに、こんな関係でもいいから火神と繋がっていたいだなんて、オレという男はなんて小さくて下らない男なんだろう。

実に不毛だ。そこからは何も生まれやしないのに。

頭ではわかっていても、火の点いた身体は止められなかった。



「――火神、少しは楽になった?」
「…ん、いいぜ木吉サン…もっと、」
「ん。もっと、楽にしてあげ、…る、!」
「っあ、きよしさ…っ!」


仰け反る火神が眩しすぎて。
くらくら、目眩がしそうだった。

腕の中で弛緩していく火神の耳元に、届かない、本当のキモチを吹き込んだ。



「――好き、だよ…火神…」



ああ、本当に、下らない。





***





ベッドの上、隣で眠る木吉サン。
イク時に譫言のように囁かれたセリフは、聞こえないフリをした。


「…馬鹿だな、木吉サン」


まだ寝息を立てている木吉サンの前髪を指ですいた。
その寝顔は、とても幸せそうには見えなかった。

オレはずるい。
木吉サンがオレのこと好きなのを知っていて、その想いを利用してるんだ。
自分を慰めるために。自分のためだけに。

ごめんな木吉サン。
悪いとは思ってるよ。ありがたいとも。
だけど、それでもオレは、木吉サンのことは好きにならないと思う。
木吉サンはいつまでも都合のいい存在でしかないんだよ。

いつまで続ける?
オレは止めないよ、だってこんなに手軽な相手はいないから。
止めるのは、木吉サンから。木吉サンが前に進まなきゃ、オレ達の歪な関係は終わらないんだよ。

酷い、だなんてわかってる。
それでもオレは木吉サンを利用し続けるよ。


こんなオレでも、木吉サンは笑って許してくれるんだろう。

なんて不器用で、なんて救いようのない、
優しい愚か者。



END
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