黒バス

□木吉と
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「火神……いいのか?」
「え、なにが?」


今、目の前の、

オレへと差し出されたこの手は、


手を繋ぎたいと、

そういう解釈で、合ってるよな?










「じゃーなー」
「お疲れー」


今日は練習試合だった。
然程遠くないとこが相手だったため現地解散となり、駅まで歩く奴、バスに乗る奴、そして徒歩で帰る奴と皆それぞれ帰路へと着いた。そしてお疲れーと見送ってる内に、気付けばそこに残ってるのは徒歩組のオレと火神だけになっていた。
同じ徒歩組と言ってもオレは西、火神は北へと方向が別れるためオレたちだってもうここでお別れだ。別れるのはさみしいがそうも言っていられない。オレが火神の恋人ならまた違ったんだろうが、残念ながらそうではないから。


「じゃあ火神、オレこっちだから。また明日」
「あ、はいお疲れっす」
「………ん?」


じゃあなと。名残惜しいが火神にそう告げオレは手を振った、しかし。
火神のとった行動はオレのとは違くて。


「………」
「…センパイ?」


潔く立ち去ろうとした、なのに。
火神のその行動に、オレは文字通り立ち尽くしてしまった。


「…センパイどうした、ですか」
「………」


…これはオレ、試されているのだろうか。オレの紳士的な部分を見定めようとしている? オレがどんな行動に出るか?
だったら火神、期待しても無駄だぞ。こう見えてもオレは欲望にだだ弱いんだぞ。

暫くぐるぐると思案中。

そしてオレの中で答えが出た。


「火神……いいのか?」
「え、なにが?」


何がってあなた。
この期に及んでオレを試そうとしているらしい火神はとんだ悪い子だ。

だって今、目の前の、
オレへと差し出されたこの手は、
手を繋ぎたいと、
そういう解釈で合ってるよな? いや、そういう解釈しかできないよな。

自分の答えに自問自答し心で深く頷く。据え膳食わぬは、ってやつですよ。

――そう、火神は「さよなら」と手を振るどころか、触れたくて触れたくて仕方なかったその愛しい手をオレに向け差し出していたのだ。

目の前に突如現れたトラップ。しかしそれがいくら罠だとしてもオレは食らい付くぞ。
言っただろ? 欲望にはだだ弱いんだって。


「じゃあ遠慮なく」


いつまでも勇気を持って行動に移してくれた火神を待たせるわけにはいかない。
驚いた、だけど嬉しくて、オレはぎゅう、と火神の手を握った。両手で。
もう離さないぞ。オレだって離れたくないから。


「うっわ! ちょ、センパイなんだいきなり!」
「あ、ごめん。手冷たかったか?」
「そーじゃなくてっ!」


驚く火神にそう言えば火神は首を横にぶんぶんと振り大否定。

照れてるのか? そっちから誘っておいて?


「どうしたんだ火神。今さら」
「どうした、ってそれこっちのセリフ! です!」
「え?」


繋がった手から体を離し恥ずかしそうに喚き散らす火神。
積極的だったり照れたりかわいいやつだなと自然と頬が弛んじまうオレに、尚も火神は暴れながら喚く。


「ちょ、本当センパイ! 何なんだ! ですか!」
「暴れるな暴れるな、ほどけちゃうだろ?」
「ほどいてんだよっ!」


あまりにも激しく手をぶんぶん振るから離すまいとオレも意地になって強く握り返す。
どんだけ照れてんだよ、本当かわいいやつめ。


「誰もいないんだし照れるなって。ほら、落ち着け火神」
「落ち着くために手を離せ!」
「ははは、…え? 手を離す?」
「そーだよっ! ああくそ…でけー手だな、離れねえ!」
「離しちゃうのか? だって火神、オレと手繋ぎたかったんだろ?」
「え…っ?」
「え?」
「………」
「?」


長い長い押し問答の末に感じた違和感。
オレのストレートな問い掛けに口を噤んだ火神は、どうやら照れてるわけではないように見えた。


「……違っ! あ、れ…? そーか、しまった。つい向こうでのクセが…!」
「…向こう?」
「…ああ、アメリカだと、別れる時って手ぇ振るんじゃなくて握手するんだよ、ですよ」
「…………」


なに。

ようやく見えた真実。
しかし火神の口から告げられたそれはあまりにも衝撃的で。
オレはまたしても固まった。

火神は未だに「だからそのクセで…」って何度もクセを連発するな火神。勘違いでも嬉しかったんだぞセンパイは。

……

まあいい。
みすみすチャンスを逃したくないオレは、痛い勘違いをしていたことはこの際忘れしらばっくれて暫くこのままでいる決意を固めた。
許せ火神。


「…えーと、帰れねーんだけど、です…」
「うん」
「うんじゃなくて…」


普段のオレの性格が幸いしてるらしい。火神は離す気配のないオレに「まったくこの人は…」って呆れながらも無理矢理ほどくことを諦めたようだ。たぶん本当に何もわかってないと思われてる。
それもセンパイとして悲しいが今はありがたい。火神が思ってる通りの『天然な木吉センパイ』のまま、この手の温かさを堪能させてくれ。


「……」
「……」


とは言っても困ってる火神を見るのは心苦しい。しかもその顔をさせているのが自分とあっちゃ、そりゃ気分のいいもんじゃない。

そんな顔をさせたいわけじゃないから。さみしいけど、そろそろ解放してあげよう。大事な大事な火神が風邪引いちゃったらイヤだしな。


「悪かったな。あったかかったからさ、ついな」
「……いっすけど」


悪い、と言って手を離せば、途端にひんやりとした風が体に突き刺さった。
空気が冷たいからなだけじゃない、火神の手が離れていくさみしさが、ピューピュー吹く冬の風よりも心に刺さって痛かった。


「じゃ、今度こそ。また明日」
「…うっす」


だけど、火神の知ってる『いつもの木吉センパイ』の笑顔で、一気に冷えた手を掲げ別れを告げた。
そんなオレに倣い今度は火神も手を振った。

その振られた手を、オレはいつまでも見つめていた。


「…また明日」


いつか本当のキモチを伝えられたら、今度は繋いだその手を離さないから。

その未来は遠くないと信じて、オレはくるりと向きを変え、火神とは別の道を歩き出した。



END
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