黒バス

□氷室と
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自然に周りに打ち解けてる姿を羨ましく思って見てたのか。オレには無理だなって諦めてたのか。それとも、ずるい、いいな、なんで。そんな子供特有の思いだったのか。今となってはもうその時の感情さえも覚えてない。笑える。自分の感情なのに。
なのに、今でもこの感情だけは鮮明に覚えてる。というか忘れない、ずっと。だってあの時から変わらない、持ち続けたままの感情だから。

悔しいったらない。





「タイガは何をそんなにむくれているの?」
「……別にむくれてねーし」
「そう?」


頬杖ついて窓の外に目を向ける。ちらり、聞いといて特に気にした様子も見せず優雅に紅茶を飲むタツヤを横目で盗み見る。
嘘。おもっきしむくれてる。イライラしてる。だってタツヤの奴さっきから声掛けられっぱなしなんだ。無論、女に。
確かに絵になる。こうしてオレの目の前でただ紅茶を飲んでるだけなのにひどくキレイだ。ただの日常のカフェがまるで映画の撮影現場のように映る。惚れた欲目、なんかじゃないことは、さっきからかわりがわり現れる人の数で立証済みだ。


「せっかく久しぶりに会えたのに、タイガがそんな態度だとつまらないな」
「……別にオレはフツーだ」
「タイガの普通はそんなしかめっ面なの?」


子供の頃はかわいかったのに。
一度素っ気ない態度をとったくせに、実はちゃんと気に掛けてくれてるタツヤはだからモテるんだろう。見透かしたようにガキの頃の話をするなんてずるい。一緒に育ってきた感情が、幼い日に戻ってただただ欲するだけの、それこそ子供みたいな独占欲にまみれてくる。


「…タツヤが声掛けられるから」
「うん?」
「タツヤは今オレといるのに! オレより他の奴らばっか見てる!」
「……」


そうだよ嫉妬だよ。わかってるよ。タツヤのせいじゃないってことも馬鹿げた感情だってことも。
でも、呼び起こされた懐かしい感情は今のオレには抑え込めない。タツヤが振ったんだからな、今この場は6年前にタイムスリップ中だ。


「どーせタツヤはオレなんかどーでもいいんだろ! 楽しみにしてたのはオレだけなんだっ」
「そりゃオレだってタイガと話したいけど。せっかく好意を持って声掛けてくれてるのに無下にはできないだろ?」
「オレならするね。大事な方をとる!」


子供なオレの戯れ言にタツヤのタツヤらしい言い分、でもそれはオレのイライラを増幅させるだけで。勢いに任せて更に言い返した言葉の正当性に、オレは得意気に胸を反らせた。
直後、すぐ後悔に襲われた。
──大事な方? それがタツヤにとってオレだなんて、一体どうして言い切れる? もしかしたらタツヤはオレなんか、あの次から次に現れる女共となんら変わらない、自分に好意を寄せている人間のうちの一人だと認識しているかもしれない。
やばい。考えたら止まらない。墓穴ってやつか、これが。


「…わかってるよ。タツヤはどーせオレといるよりあの女たちといた方が楽しいし幸せなんだ、だったら別に無理してオレと会わなくてもオレは全然平気だし別にタツヤがいなくたってオレは別に…っ」


卑屈になったガキの戯れ言は止まらない。何を言ってるのか、自分でも混乱してるのがよくわかる。
気まずさと苛立ちから俯いたオレは、きっと今情けない、ボロボロの顔をしている。そしてタツヤはさっきと同じ、涼しい顔でオレの訳のわからない文句を聞いているんだろう。
いつだって想いはオレの方が大きいんだ。嫉妬も、羨望も。愛しさだって全部全部──


「オレだってね、タイガ」
「……え、」
「幼かった頃、タイガのクラスメートに嫉妬してたんだよ。オレはどうしたってタイガと同じクラスにはなれないからね。それに、そいつらと楽しそうに笑うタイガを見てたら何も言えなくなった、って言うより今まで抱えてた負の感情が全部吹き飛んだんだ。ああ、敵わないなって。いつも思ってたよ」
「……」


突然頭上に降ってきたタツヤの言葉。すぐには理解できなくて暫く考えてから顔を上げると、そこには涼しい顔なんかじゃなくて少しだけ悲しい顔をしたタツヤがいた。今言ったことが、全部本当のことだっていうのが伝わる。
だけどわかんねぇ。タツヤがオレなんかのどこに敵わないっていうんだ? 嫉妬、って、なんで、どこに。


「…本当タイガは自分のことよくわかってないんだから」
「…わかってるよ」
「そう?」


色々と腑に落ちなくてぽかんとタツヤを見ていたら、悲しい顔は一転、呆れたように、でも優しくふわりと微笑んだ。そんなタツヤはやっぱりキレイで、でも何だかバカにされてるんだっていうのは伝わって悔しかったから、


「わかってる。タツヤが大好きだってことは、あの頃からわかってる」


唯一、オレの誇れること。
あっちにいて寂しかったとかつまらなかったとか心細いとか。そんな感情は微塵も思い出せないけど、タツヤがオレの中で一番大事で大好きで必要な存在だってこと。忘れるわけがない、だって現在進行形で育ってる気持ちだから。
そう全て伝えたら、珍しくタツヤは少しだけ視線を泳がせてから頭を振った。


「…本当、タイガには敵わないよ」
「?」


だから何が。
そう言いたかったけど、ずい、と身を乗り出してきたタツヤの整った唇に自分のを塞がれて、その言葉が空気を震わすことはなかった。
代わりに俄に感じる、周りの張り詰めた空気と息を飲む音。
やられた。


「……ここ、日本」


で、外。つかアメリカだって唇にはしねぇよ。ましてや男同士なら尚更。
周りにはまだタツヤ狙いの女共がうじゃうじゃいるっていうのに、いないとしても視線はずっとこっちに向けられていたのに。わかっているだろうに平然とこういうことをやってのけるタツヤの満足そうな笑顔に、……ああ、ダメだ。くらくらする。


「丁度いいんじゃない? さっきから鬱陶しかったからね、タイガとの時間を邪魔されて」
「……っ!」


キレイな顔してさらっと毒を吐くタツヤを目の当たりに、大事なことをもういっこ思い出した。タツヤが、虫も殺さないような顔をして実は手段を選ばない男、氷室辰也だってことを。さっきは無下にはできないとかなんとか言ってたくせに、ばっちりこっちが本心なんだ。キレイな顔でそんなこと言うなんて、ああもう、オレはどこまでタツヤを好きになればいいの。敵わないのはこっちだって。


「ね、タイガ。そろそろ出よっか」
「……ぅ、あ」


耳元で囁く、さっきまでキレイだったタツヤの顔は今はもうどっぷり男の顔になっていて。その変わり様にぞくぞくしてるオレは変態なのだろうか。

本当に悔しいったらない。
あの頃からずっとずっと、オレはタツヤを好きすぎる。
これからも、この感情だけは変わらず育っていくんだろうと確信してる。

それが堪らなく幸せだ。



END
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