黒バス

□黄瀬と
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「聞いたんスけど」
「…あ? 何を」


部活帰りのマジバーガー、いつもの指定席。
これまたいつも通り、何故学区の違う黄瀬が目の前にいるのか。そんな疑問も毎度のこと過ぎてもう抱くことさえ面倒になった火神は、そこには触れずに黙々と山積みにされたハンバーガーに手を付けていた。
すると突然黄瀬が冒頭のセリフを切り出したのだ。言いたいことがわからずに火神が黄瀬を睨み付けると、黄瀬はイケメンと称されるほどの美貌を思い切り歪め、叫んだ。


「黒子っちに手料理食べさせたって本当っスか!!」
「……………はぁ?」


その内容に火神は素頓狂な声を上げるしかなかった。
一体この男は何を言い出したのか。黄瀬の話す事実にまったく覚えがない、というより、それが事実であったとして何だと言うのだ。黄瀬には関係のないことではないか。
そんな思いで訝しげに黄瀬を見ると、どうなんだと言わんばかりの表情で火神を見ていた。これはしっかり答えなくては許されそうにない。
面倒くさいなと思いつつも無視をした方がもっと面倒くさいことになりそうなので、火神は良くない頭をゆっくりと巡らせ考えてみた。


黒子、料理、食べる、──



「…ああ、あん時の、」
「やっぱり!!」


そのピースがひとつに繋がり火神はようやく思い当たる節を見つけた。恐らく黄瀬が言っているのは、誠凛が夏合宿をするに当たっての問題点である合宿中の食事を、料理が割と得意な火神が壊滅的なリコに教えた時のことなのだろう。確かにあの時に作った野菜炒めを黒子は口にしていた。
しかしあれは食べさせたと言うより食べられた、しかも黒子だけではなく先輩同級生と、ほぼその場にいた全員が口にしていたはずだった。
何故黄瀬が黒子にだけ拘るのか火神にはわからなかったが、何にせよわざわざ導き出してやった答えを透かさず遮られ、元々長くはない気が切れそうになるのを寸でのところで堪えたのはかなりの進歩と言えるだろう。


「違ぇよ、別に食べさせたわけじゃな」
「ずるいずるいずるいずるいずるいずるい黒子っちだけずるいっス!!」
「るせーなオマ、ガキか!」
「オレも食べたいっス!! 火神っちの愛情たっぷり手料理!!」
「んだよ愛情って!」


再び遮られさすがに切れそうになったが、黄瀬のあまりにも幼稚な態度に怒るのも忘れつい突っ込んでしまう火神。しかしそんな呆れ混じりの突っ込みも意に介せず、黄瀬は相変わらず駄々をこねる子供のように喚き散らすだけだった。
もうお手上げだ、そう思った火神は黄瀬は置いてさっさと帰ろう、そう決めて残りのバーガーを口いっぱいに頬張った。そして食べ終えたトレーを持ち席を立った、ところで、置き去り決定の黄瀬に腕を掴まれ動けなくなってしまった。


「…あ? なんだよ離」
「とゆーわけで!」


再三の遮りにはもう慣れた。しかしこの、毎回突飛すぎる黄瀬の切り口にはまだ慣れなかった。


「今から行っていいっスか! 火神っちの家!」
「………」


やはり黄瀬の考えていることは火神にはわからなかった。開いた口が塞がらないとは、正に今の火神の状態を指すのだろう。


「そうと決まれば、ほら、行くっスよ!」
「…………は、ちょ! いや待て!」
「オレ肉じゃがとか好きなんスよ〜」
「聞いてねーし!」


固まったままの火神を引き摺るようにして黄瀬は歩き出す。火神はまだ、というか了承するつもりもないのに、黄瀬は勝手に行く気になって勝手にメニューまで思案し出している。最早火神の声すら届いていないようだった。


「あ、でもグリーンピースはできれば入れないで欲しいっス! せっかく作ってもらうのに残すのはイヤっスから!」
「………」


何がそんなに嬉しいのか。
黄瀬は、それこそ女子が見たら卒倒しそうな笑顔を振り撒きながら実にご機嫌だ。
そんな顔を見せられたら火神はもう強引なこの手口を怒りたくても怒れない。断ろうと思っていた信念さえ簡単に萎れてしまう。

頑なに拒み続けていた火神だったが、今脳裏に浮かんでいるのはどうやってこの腕を振り解こうということではなく、自宅の冷蔵庫の中身だった。



「……材料ねーし、先スーパー寄るぞ」
「!」


火神のその言葉を受け、黄瀬はさっきまでよりも更に幸せそうに笑った。
釣られて火神も、呆れたように、観念したように、でもどこか嬉しそうに笑った。



END
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