黒バス

□青峰と
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「なーコレさぁー…、」


呟き青峰は、寝る時と風呂に入る時以外は肌身離さず火神の首に掛けられているシルバーのリングに触れた。
相当年季が入っているらしく所々微かに黒ずんでいる。


「なんでいっつも付けてんの」


青峰の知り得ない思い出がこのリングに詰まっているかと思うと気分が悪く、少し口調を強め自分の苛立ちを代弁させるようにカリ、と爪を立てた。


「あっ、コラ! やたら触んなってば!」
「……なんで」
「大事な思い出だからだって何回も言ってんだろ!」
「………」


そう、何度も聞いた。
アメリカ時代、兄のように慕っていた人物から貰った、大事な大事なリングだと。
その度こうやって火神は過剰に反応し、リングを庇うように手を払い除ける。まるでその思い出に、青峰が介入することを決して許さないように。
ここまでされては青峰が面白くないのは当然、その『兄』の話をする時の火神の嬉しそうな顔といったら、姿も知らないその人物に殺意を覚えてしまいそうになるほどなのだ。気づいていないだろうが何かというとそのリングに触れていたりもする。全て無意識下での行動なので、余計に青峰の苛立ちを煽った。


「外せっつったじゃん」
「嫌だっつったじゃん」
「なんで」
「なんで外さなきゃいけねーんだよ」
「目障りなんだよ、あとそれに触る時のお前の顔がムカツク」
「はァ?」


言っても火神が素直に受け入れないのはわかっている。だけど言わなければいつまでもこの苛々が付きまとう。もうそんな思い、青峰には耐えきれなかった。
かと言って外してほしい理由を素直に言えるはずもなく、はからずも喧嘩を売るような形になってしまう。
簡単に言えばただの嫉妬だが、もうそんな一言では言い表せないぐらいに青峰の心情は昂っているのだ。


「アレだろ、お前それくれた奴のこと兄貴みたいなもんとか言ってたけど本当は好きだったんだろ。だからいつまでも大事に持ってんだろ」

「オレには触らせもしねーなんて、実は今でもまだ好きなんじゃねぇの? やだねー未練がましい男は」


自分でも子供じみていると思う。しかしこうでも言わなければ苛々に押し潰されてしまいそうなのだ。
きっと火神は呆れているだろう。責められれば素直になれない青峰のこと、また言い返してしまいくだらない喧嘩に発展するだけ。

本当に、くだらない。
火神のことは信じているしただの自分のわがままだとも認識している。だけど嫌なもんは嫌なんだと、その一言がどうしても青峰には言えなかった。


「オレ、外すつもりねーから」
「…いい度胸じゃん」
「だって外す理由ねぇし。大切な思い出だし」
「……」


思いの外火神は冷静だった。青峰のセリフに怒るでも否定するでもなく淡々と答える。
自分の口数の少なさや本音を言えないことが原因だとわかっていても、それでも火神が否定してくれないことに青峰は堪らなく苛ついた。

なので、言ってしまった。
本音とはかけ離れた、言わなくていいセリフを。


「じゃあこれからもそいつと思い出作れば?」


言ってすぐ、しまった、そう思ったが今更どうしようもない。慌てて訂正するような柔軟さも素直さも、青峰は欠片も持ち合わせていないのだから。

―あぁ、くそ。

青峰は心で舌打ちをした。
視界の端に、火神が口を開くのが映った。



「いやだよ」


「………」


、は?

てっきり怒りの言葉か肯定の言葉が出てくるものだと思った。
だけど、火神の言葉は。


「いやだよ、ってか何でだよ。コレは過去の思い出、これからの思い出は一生お前と作ってくつもりなんだけど」
「………」


聞き間違いではないだろうか。
青峰が言いたくても言えなかった、火神に言ってほしかったその言葉を、本当に今、目の前の火神が口にしたのだろうか。
信じられずに呆然と火神を見つめると、火神は柔らかく、ふわりと笑った。

その笑顔に、何かが弾けた。


「…お前、それは食事の誘いととるぞ」
「そのつもりだけど」
「…いい度胸じゃん」


それは、きっとくだらない意地やプライド。
頑なに認めようとしなかった火神の『思い出』だったが、火神がそう言ってくれるのなら、もうどうでもいいと思えた。

いつになく饒舌に誘う火神は余裕すら窺えて。自分の方が翻弄されているようで青峰は悔しかったが、それ以上に嬉しくて。
そして、意地やプライドと一緒に理性も脱ぎ捨て、火神のお望み通り、心行くまで愛してやった。



END
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