黒バス

□その他と
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張りつくような視線を感じる。
ねちねち、というような居心地の悪い、嫌な感じの。
その視線の出所はわかってる、けど気付かないフリ。
捕まってしまったら最期、もう簡単には脱け出せないことを、悟っているから。
すり抜けて、すり抜けて。逃げ回って。


…いた、はずだったのに。





最近の日課になっている、青峰との1on1。不思議なもんだよな、出会いは最悪、そのあとだってずっと相容れない奴だと思っていたのに。今じゃいい好敵手、練習相手、…に向こうから見たらなっているのかは不明だが、オレとしてはこれ以上ない相手だ。悔しいが青峰はやっぱりすごい。教わることもまだまだあるし、惚れ惚れするようなプレーも多い。ひとつ言うとすれば、オレが見惚れている時に見つめんなよって茶化してくることが腹立つぐらいか。別にお前に見惚れてるわけではないからな、断じて。決して。


「っし、今日もオレの圧勝だな。トーゼンだけど」
「っだ〜〜〜! もう1回! もう1回だ青峰!」
「んだよ、そんなにオレといてーの?」
「ちげーよバカ!」
「あーはいはい」


もうひとつあった。オレのセリフをいいように受け止めて、怒ったオレをガキ扱いする。青峰は本気なのかふざけてるだけなのかは知らないが(おそらく後者)、オレが何を言っても軽くあしらってきやがるところも腹が立つ。ようはバカにしてんだ、何度やっても敵わないオレを。


でも、そんな時間も楽しいだなんて思えてきたこの頃だったのに。



――そろそろ来る。

あの、張りつくような視線。いつも青峰といる時にだけ感じる、絡め捕られるような視線が。


「げ」
「どーした?」
「いや、……」
「青峰?」
「悪ィ火神、さつきからメール。ババァがオレ探してるって。ここの場所教えたって。逃げるわ。じゃ!」
「なんだよそれ、ジャイアンか」
「うっせ!」


少し休憩しようということになりベンチに座ったところ、携帯をチェックしていた青峰の表情が曇った。その理由に顔は笑ったが、心はちっとも笑えない。そろそろなのに。もうそこまで来ているかもしれないのに。あの視線に、独りで耐えられる自信がない。


「火神?」
「、…なんでもねぇ。悪ィ」
「……」


無意識に青峰の服の裾を掴んでしまった。引き留める、つもりはなかったのに、自分で思っている以上にオレはあの視線が恐いのだろう。まだ行かないで、傍にいてくれ。そんな弱っちぃ思考に埋め尽くされたが青峰がそれを知るわけがないから。いつものようにお前どんだけオレが好きなのとか茶化されて終わり。青峰は去ってしまうだろう。
そう思っていたけど。


「…なにお前弱ってんだよ、らしくねーな」
「…別に、弱ってねーし。汗拭いただけだし。お前こそなに座り直してんだよ、優しくすんなよ気持ちわりー」
「はァァ?! お前っ、つか別に優しくなんてしてねーよ! ちょっと座りたい気分だったんだ、つか人の服で汗拭いてんじゃねー!」
「うるせー奴だな。早く行けよ」
「言われなくても行くわ!」


予想に反して青峰は優しかった。危なかった。もう少しで間違いが起こりそうに、……間違いって何だ? よくわからないが、とにかくようやく青峰はいつもの調子に戻って声を荒らげた。そうだ、こうでなくちゃ。オレたちはバスケこそすれど友達でも仲間でもない、ただ共通の趣味と知り合いを持つだけの赤の他人なのだから。
それに今の青峰とのやり取りで少し落ち着いた。青峰がいなくなっても、なんとかあの視線に耐えられそうだ。大丈夫。大丈夫。


―なんていうのは甘い考えだった。

いつもは視てるだけだったのに。影から、ひっそりと。
何故だ。どうして、なんで、


「ずいぶん仲がええのう、お二人さん」
「―――ッ」


そいつは現れた、



――今吉翔一は。





***





「なんであんたがいんだよ」
「ん? オレは火神君に会いに?」
「…いくらアンタでもコイツに手ェ出したらしばくぞ」


突然現れた招かれざる客であるオレに、青峰はあからさまに嫌な顔をする。すっごい嫌われようやなあ、まあ自業自得やけど。
自分でも認めてる、人の嫌がることをするのが好きなオレは、青峰に嫌がらせをするために青峰の好きな火神にちょっかいを出している。逆もまた然り。どー見ても二人は両想いやけど、いつまで経っても現状維持で。それもオモロイけどやっぱりツマランから、オレがちょーっと引っ掻き回してやってんねん。だってほら、こんなにもわかりきっているのに。気付いてないのは当事者だけとか、どんな少女漫画やねん。


「…じゃあな火神。気ィつけろよ」


どうやら怯えてる火神に、青峰は釘を指して名残惜しそうに去って行った。びくり、火神の肩が震えた。

――そうそう、この時を待ってたんや。
いつもは見てるだけやったけど、今日はどうも二人の距離が近すぎる気がして。青峰がいなくなって火神と二人きりになるチャンスを待ってたんや。
火神も気付いていたはず、今までのオレの視線に。それがどうして今回ばかりは姿を現したのか。疑問に思って居たたまれないやろ。


「さて火神君。青峰は帰ってしもたからオレとバスケでもする?」
「……な、んのマネ…」
「何がや? 言ったやろ、火神君に会いに来たんやって」
「笑えねぇよ…」
「別に笑わんでえーよ。ギャグやないし」
「……」


ああ、怯えてる怯えてる。めっちゃ警戒されとんな、オレ。

別にあんたのこと嫌いやないんやで? ただ、青峰を怒らせたい言うのと――

あんたの怯えた、それでも強気なその目が見たくて嫌がらせしてしまうんや。
ぞくぞくすんねん、その目。
もっと見て。
もっと睨んで。
懇願の言葉を、
蔑みの言葉でもええよ。
何か言うてや。
声を聞かせて、
呻き声でも、

――喘ぎ声でも。


「…っだから、笑えねぇって、」
「だから笑わんでええって」
「……ジョーダン、」
「でもない。オレは本気やで?」


思いの丈をぶつけたら火神はまだ怯えたまま、困ったように押し黙った。ぐるぐるとオレの言葉が毒のように回って痺れて動けないのだろう。
なんて狙い通り。
なんて、

――うまそうな反応を見せんねん。


「…趣味悪ぃぞあんた。つかオレに嫌がらせしたって青峰への嫌がらせにはなんねーだろ…」
「わっは! 本気で言うとるん? まーそこがいいとこなんやけど」
「…なんでこんな嫌がらせすんだよ」
「まぁ、それだけやないかもしれんのう」
「……は?」


手始めに、目の前で怯える双眸を見つめながら髪の毛同様真っ赤な唇にキスをした。
ああ、やはり悪くない。

蝶は簡単に蜘蛛に捕まった。


「初めは青峰への嫌がらせのつもりやったんやけどな。あんたを見てるうちに、どうも気が変わったわ」


唇を奪われた火神は何が起きたのかまだ理解できないのか、目を見開いたまま固まっている。
もがけ、もがけ。
もがけばもがくほど、蜘蛛の糸は絡まって離さへんから。


「これからは青峰なんて関係あらへん。オレもあんたが気に入ったんや、火神」
「…な、に……」
「オレはオレの思うまま、したいようにあんたを攻めるで」
「―――ッ、!」


その潤んで揺れた眸は、絶望のためか、
はたまたそれ以外の――



その全ては、目の前の蝶のみぞ知る。



END
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