黒バス

□複数と
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「あ、もうそんな時期か」


携帯に届いた一通のメールを見てつい独りごちる。
いつもなら『わかった』、その一言で済ませていたどうってことない内容なのだが、今回はどうも、手触りも座り心地も絶妙なソファーに沈んだまま素直に返信できずにいる。


「なにが?」
「んー……行く…しか選択肢はねぇんだけど、…あー…行き、た…ん゙んーー…」
「おい。なんだよ気になるから唸んな」


メールの相手は赤司。
3ヶ月に一度、キセキの世代なんて呼ばれてるオレ達は赤司の声の元集まるのがいつの頃からか習慣になっていた。
正直めんどくせーが赤司が言うんじゃしょーがねぇ、誰も逆らわないし異論を唱えないから、かれこれ……うわ、二年近く続いてんのか、これ。
だけど今回ばかりは違う。


「なあ、何だよ青峰。気になるだろ言えよ」
「……」


さっきからちょいちょい突っ込んでくる、この素晴らしくオレのケツにフィットするソファーの持ち主であるコイツ、火神の存在がオレの腰を重くする。


「お前オレのこと気になんの」
「ちっげーよメールの内容! そこまで口に出したんだから言えよ」
「お前人のメールチェックとか…彼女か」
「はァ?! …もーいーわ」
「拗ねんなって」
「拗ねてねーわ!」


マジで行きたくねーな。コイツといる方がオモシロイ、だけじゃないのは明白だ。
オレは火神にマジで惚れている。癪だから言わねーが、隠す気もないから態度や言動には現れている、はず。コイツはちっとも気づかねーけど。だからこうしてちょくちょく火神の家に通うようになって、コイツ独り暮らしだしバスケコート近いし飯うまいし広いしラクだし、なんて理由つけて入り浸って。徐々に増えるオレの私物。今やユニも制服も、部屋着だって置いてある始末(マイちゃんのグラビアは大分早い段階から置いてある)。もうアレだな、同棲。って前に言ったら、違うわこの居候ってボール投げられた(もちろん軽くかわしたけど)。
だから、まあ。間を取って同居。
そんな居心地良いこの場所から出て、わざわざあいつらに会いに行くとか…それどんなプレイ。オレMじゃねーし。
とりあえず、赤司には早く返信しないと後がめんどくさいので適当に当たり障りのない言葉を探す。練習がなかったら。なんて、オレの答えにしては信憑性がない気も自分自身するが、今はそれ以上の言葉は見つからない。
それよりも今は火神を宥めることが先決だ。別に隠すようなことじゃねーしただオモシロイからからかってみただけだし、いじけて見る気もないクイズ番組にチャンネルを合わせぶすっとしている火神に内容を教えてやった。


「っつーわけで、来週がその時期なんだわ」
「へぇ、楽しみじゃん」
「やだよ。めんどくせーし家から出たくねーしできれば行きたくねー」
「ガキか」


教えてやったら途端に治る機嫌。本っ当かわいくね? コイツ。
しかしオレの心は読めないらしい。本っ当ニブくね? コイツ。


「オレは休みの日はここから出ないって決めてんだ」
「家主の了承もなしにか」
「今はオレの家でもあるだろ。とにかくイヤだ。めんどくせー。でも赤司怒らすともっとめんどくせー。どうしよう」
「お前の家では決してない。……あぁ、そっか。うん」
「あ?」


未だに同居人と認めてない火神はいちいちかわいくねえことを言うが、何かを思いついたのか一人で納得し始めた。
そして一言。


「だったら家でやればいーじゃん」
「……マジで」


家から出たくない=家でやればいい
仲間思いのコイツの脳裏には、参加しないなんていう選択肢はないようだ。
それにしても、オレのために家を提供してくれるとか……もうこれは愛だと思っていいんじゃないのかそうだろう。


「なんならオレ出掛けとくし」
「それじゃ意味ねーだろ!」
「は? なんで」
「…っいや、……お前いなきゃ……あ゙ーーーっ、そう! 飯! お前の飯食いてぇ!」
「…オレ家政婦じゃねんだけど」
「知ってるっつの」


喜びを噛み締めていると、どこまでも鈍感な火神はとんでもないことを付け加えた。
正解は、家から出たくない=お前といたい、なんだよバカだな本当。なのにお前がいなくなってどうする本屋倒壊だろ。…あれ? 違ったか? まぁいーや。
とにかく、本当はあいつらがここに来るとかイヤだ。火神とふたりで過ごしたい。だけど火神がいない中、あいつらと会う方がありえない。
だから百歩譲って。


「じゃーいーよそれで」
「本っ当上からだなお前」


コイツの気が変わらないうちに、すぐさまあいつらに一斉送信した。


『火神ん家でやっていいってよ』



***



「やあ火神。すまないね、場所を提供してもらって」
「いや、逆にオレも混ざっちゃって悪ィ」
「そんなことないっスよ〜! 火神っちなら大歓迎! ねっ、緑間っち!」
「ふん。別にオレはどちらでも構わないのだよ」
「ねーね〜それよりイイニオイすんだけど〜」
「あ、飯作った。大したもんじゃねーけど」
「!! 火神っちの手料理…!」
「わ〜いやったぁ〜」
「…ふん。お前の手料理など…食ってやってもいいのだよ」
「何から何までありがとう、火神」
「いーよ。口に合えばいーんだけど」


火神に会った途端、一気にデレッとする面々。紫原に至ってはそのデカさを武器にちゃっかり火神を後ろから抱き抱えるようにしてる。お前なぁ、オレが触ると怒るのになんで紫原にはされるがままなんだよ。
嬉々としてリビングに向かう一行。目当ては火神の手料理だ。
お前の飯が食いたいなんて、火神がいないと意味ない理由をごまかすために言っただけだったのに、「どうせならみんなが好きなモン食わせてやりてーよな」なんて火神の方が乗り気になっちまって。他の奴らに火神の手料理を食べさせたくなんてなかったけど、「お前みんなの好物知ってる? 教えて」なんてバスケの誘い以外ではされたことのないお願いをされては、断るなんて方がおかしな話だ。
しかし、知らなくもないがなんでオレがあいつらを喜ばせなきゃなんねーんだ。でも火神をがっかりさせんのもイヤだ。
なんて悶々としていると、パッと一筋の名案が降りてきた。良くない頭がこういうことには閃きの天才になるのだから不思議だ。…誰だ今アホっつったヤツ。


「とりあえずテツはアレだ、コーラ。コーラに目がない。飯ん時はいっつもコーラ飲んでたな」
「え、まじで。オレ見たことねー」
「ご飯にコーラなんておかしいのだよ! って緑間に言われてから気にして飲んでなかったみてーだな」
「がまんしてたのか」
「そーだ。で、その緑間は確か納豆が好きだったな」
「あー、わかる気がする」
「黄瀬のヤローはうなぎ。ぬるぬるキモイとこが通じ合ったんじゃねーの」
「え、あいつぬるぬるなの」
「そっちじゃねーよ。キモイ方」
「ああ、キモイ方な」
「そーだ。で、紫原はニンジンな。ほら、あいつ甘いの好きだからニンジンも好きなんだよ」
「なるほど。お子さまだからニンジン嫌いかとも思ったけど、確かに甘いもんなニンジン」
「んで、赤司はわかめ。つか海藻だったか?」
「わかめ? また微妙なライン突いてきたな」


――コレは先日、オレが火神に教えたあいつらの情報。もちろんデマだ。なのに緑間の納豆好きを妙に納得していたのには笑いを堪えるのが大変だった。
事実はこうだ。全てみんなのキライな食べ物、だ。
黄瀬は昔、骨が刺さったとかでうなぎがキライで、ニオイが嫌なんて女子みてーな理由で緑間は納豆がキライだ。紫原はやっぱりガキだ。ニンジンがとにかくキライ、ってなんだそりゃ。あの赤司にもまさか苦手なモンがあったとは驚きだ。テツも中々の子供舌だからな、炭酸が飲めないなんて一番火神にバレるのではないかと思ったが、想像通りのバカだった火神は気づかなかった。
余談だか、普段は絶対そんなこと言わないのに、天使のような火神はオレの好物まで聞いてきた。たまには作ってやるよ。なんて、嬉しすぎる申し入れだがオレは丁重に断った。事実、火神の作った料理はなんでも好きなんだ。実際、元々好きだったモノは更に好物に、食べたことなかったモノまで好物になった。つまり、火神の作るもん全てがオレの好物だ。…なんてこっぱずかしいことは口が裂けても言えないが。
何にせよ、あと数秒でかなり笑える光景が広がるのは目に見えている。さあお前ら、どんな反応を見せてくれる。ただで火神の手料理が食えると思うなよ、甘ぇんだよ考えが。


「…あれー、なんだか見るからにみんなのキライな」
「紫原」


さすがは赤司だ。せっかく火神がみんなの為に作ってくれたのに、キライなモノがあるなんて言えねーんだろ。
通されたリビングにキレイに並ぶのは、うなぎの蒲焼きに納豆とオクラの和え物にニンジングラッセに海藻サラダにわかめの味噌汁。そしてグラスに注がれてるのは水でもお茶でもなくコーラだ。しかもたちの悪いことに大皿にではなくひとりひとり分けてよそられているから、それだけ食べなければいいなんて選択肢はない。無理して食べるか残すかのニ択だ。
そしてコイツらにしたら選択肢はひとつしか残らない。思った通り、みんな何も言えずに苦い顔して食い始めた。こりゃ傑作だ、もう堪えらんね、


「さ、もう一品追加になりました」
「、……あ?」


どん、と。テツの落ち着いた声と共になぜかオレの前にだけ置かれた皿にこんもり乗っかっているのは。


「………」


大っ嫌いな。見たくもなかったゴーヤたっぷりのゴーヤチャンプルー。
嫌な予感がして顔を上げれば、テツがどや顔で佇んでいて。火神君の家に居候してる分際で我が物顔で火神君を使って…惨めな思いをさせてやりますよ。無言のテツの目は、確かにそう語っていた。
今までずいぶん大人しいと思ったら火神にコレを作らせていたのか。わざわざご丁寧にゴーヤまで持参しやがって。こんなところまで同じ考えだなんて、元相棒の名は伊達じゃない。


「なんだよ青峰、みんなの好きな物は教えてくれたのに自分は特にないとか言って…いつからそんな優しくなった。つかゴーヤが好きって意外だな、ニガイのダメじゃなかった?」


正解だよなんだよお前オレのことよく知ってんな好きなのかよ。
一仕事終えた火神に目で訴えるも伝わるはずもなく。逆に、今の火神の一言でみんなには伝わってしまった。
ああ、オレ終わったかもしんねー。


「…ちょっ! 青峰っちの仕業っスか?! どうりでここまで揃ったわけっスね!」
「はぁ〜。峰ちんやること小っさ〜」
「まったく。悪知恵だけは働く奴なのだよ」
「オレはそうではないかと思っていたけどね」
「さすが赤…」
「赤司! わかめが口の端から垂れているのだよ!」
「え?」
「赤ちん…」
「でも黒子っちのお陰でちょっとは気が晴れたっス! さあ青峰っち! もちろん全部食べるっスよね? せっかくの火神っちの料理っスもん!」
「……」


黄瀬にぐいぐいとゴーヤチャンプルーの乗った皿を押し付けられる。やめろ、マジ近づけんな。ニガイ。ニオイが既にニガイ。黄瀬ウゼェ。
まあ、バレちまったもんは仕方ねぇ。みんなをコケにするつもりがまんまとテツにしてやられたのは癪だが、それよりももっと悲惨な未来が見える、気がする。


「つかどーゆー意味だ? 青峰の仕業ってなにが?」
「火神君は知らなくて大丈夫ですよ。さあ、食事の続きをいただきましょう」
「? おう」


そうしてちゃっかり火神の腰を抱きちゃっかり火神の隣を陣取ったテツ。なんだそのスキルどうやんの。
じゃなくて。


「あ、青峰。それ全部食っていいからな! 大好物なんだろ?」
「……おー、」
「よかったですね、青峰君。思う存分味わってください」
「………」


どうやらオレは、どう見ても一人分なわけがないこの異常な量のゴーヤチャンプルーを、ひとりで全て平らげなければならないようだった。
見えなくてもよかった悲惨な未来は、現実のものとなった。


「……テツこらテメェ! 覚えてろよ!」
「自業自得ですね」
「?」



END
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