復活

□頂き物
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ベッドタイムストーリー



ゆっくりと上半身を起こし部屋を見渡すと、金色の髪が視界に映った。
一人掛け用のソファーチェアに座りながら背もたれを揺らしている。
鼻歌なんて口ずさみながら、何処か別の国の分厚い本を読んでいた。
珍しい、本なんていつもズタズタになって返ってくるのに。
もしかしたら絵しか追っていないかもしれないけど。
呼びかけると、持っていた本を投げ、くるりとチェアごと体制を変えた。
おはよ、すげぇ眠ってたな、と口角を上げて笑っている。
珍しい、と再び思ったが、もしかしたら何か任務でも終えて快楽の余韻に浸っているのかもしれない。
カーテンの隙間から差し込む光にティアラの銀色がキラキラと反射している。
もう昼なのか、どれ位眠っていたのかさっぱりわからない。
ベル先輩はいつから此処にいたのだろう。



「………センパイ、何時から此処に居るんですかー?」

「結構前。…お前本当よく寝てたな」

「うーん……全く記憶に無いですー…」

「うわ、バカカエル。…なんもする事なくてつまんねーから遊びに来てやったのに、お前呼んでも起きねぇし、テキトーに物色してた。マジでなんも無い部屋」

「……センパイが本なんて読んだら何か起きそうで恐いですー……そんな暇なら他の人で遊んでて下さーい」

「だってお前以外誰もいないんだもん」

「え、…誰も?」

「そー、誰もいない」



そう言えば、部屋の外が変に静かだ。
いつもならあの無駄に声がでかい先輩とボスの言い合いがあっても可笑しく無い時間なのに。
城内に誰もいない事をベル先輩は不審に思わないのだろうか、くるくるとティアラを回している。
何の気配も感じないなんて。自分が可笑しいのだろうか。
ジャケットを羽織って、絨毯に足を降ろした。異常な冷たさに身体が震える。
フと視線をテーブルに向けると、半分液体が残っているグラスが二つとお菓子が沢山、ベル先輩の指輪が置いてあった。
自分が飲んだ記憶も無いからベル先輩が持参したものだろう。
…でも、グラスが二つあるのはどうして?
ベル先輩は自分が寝る前も部屋に居たのではないか、そんな疑問が浮かんだ。
と、同時にそういえば前に王子の部屋を片付けさせてるからしばらく此処俺の遊び部屋な、と無理矢理追い出された時の記憶が蘇る。
そうだ、ベル先輩には常識も道理も通じない。
誰もいない事も、全てベル先輩が今から此処は王子の別荘だからみんな出て行け!とかなんとか無理難題押し付けたのかもしれない。
ボスが居なかったら従いそうだもの、あの人たち。
ああ、ベル先輩と二人なのか、今この血の匂いでいっぱいの世界に二人だけ。
それもそれで悪くないかもしれない、誰も介入できない空間。
だから、軽い気持ちで口に出した言葉が、まさか的を得ていただなんて思いもしなかった。



「本当に世界中から誰もいなくなって、ミーとセンパイが二人っきりになれたらいいのにー」

「だから、誰もいないって言ったじゃん」

「………此処での話でしょー?」

「……鈍いなァ」



ベル先輩が僅かな光だけを受けれていたカーテンを一気に開いた。
静か過ぎるのは、此処だけでは無い。
いつも喧しいくらいに聞こえる鳥の鳴き声が一切聞こえない事に今更気付いた。
すり足でベル先輩の隣まで歩み寄り、ゆっくりと地を見下ろす。
血塗れのナイフがバルコニーを埋め尽くす程に溢れ返っていた。
おぞましい光景に思わず一歩後ずさりしてしまった。
本当に誰も、いない?
ゆっくりとベル先輩を見上げると、やっと気付いた?なんて、愉しげに笑っていた。
長い前髪の奥で光る瞳には、自分でも見たこと無いような困惑の表情を浮かべた自分の姿が見える。
でも、先輩は何も見てはいない。
何に驚いたのか、ベル先輩にではなく、自分自身にだ。
(世界中から誰も居なくなって、先輩と二人っきりになれたらいいのにー)
あー、でも失敗したかな。ボスたちは残して置けばよかった。遊ぶ人、いなくなっちゃった。
でも、お前に飽きたら殺しちゃうかも、そしたら王子も死ぬのかな。
隣でそんな事を呟いていた先輩を強く抱き締めた。
途端、先輩は黙り込んでしまう。
じっと、こちらから喋りだすのを待っているようだった。
暖かい、人の温度がスーっと冷え切った身体に溶ける。
…ベル先輩の体温が高いだなんて、殆ど感じた事が無かった。



「…ミーだけ残しておくなんて、ずるいですよー」

「…はぁ?」

「センパイがした酷い事、凄く嬉しいって思っちゃいそうで、恐いんですー」

「ししっ、フランも大概可笑しいじゃん」

「…ベルセンパイと一緒に居たから似たんじゃないですかー……あと、ミーはそこまで鈍く無いですよー」

「なんだよそれ。…つーか、お超鈍いじゃん」

「だって、こんな都合の良い事……夢でしか有り得ない」

「…ゆめ…?」

「………自分がこんな酷い事考えてたのかと思うと凄く怖いですー、センパイにこんな事して欲しく無い筈なのに、フランの為に、って言葉が前に付いちゃうとなんでも許せそうで…でも、現実のセンパイは自分の為にしか動きませんし、普段身体冷たいし。…だから、あー夢かってー…」

「うるせぇなぁ。……………確かにこれは夢。すっげー悪い夢だけど、……現実になるかもしんないし」

「……ベルセンパイ……?」

「まぁ、とにかくオヤスミ。……俺はどっちでも良かったけど」



先輩が肩をぐっと押して離れていった。
開いた窓から吹き抜ける冷たい風がふわりと身体を包み込み、そのまま意識が遠退くのを感じた。
先輩がひらひと手を振っている。
消えてしまう、その窓から居なくなってしまう。
二人だけの世界はもう此れでおしまいなんだ。
それを理解してなんとか手を伸ばすと、首を小さく横に振ってにこりと笑った。
これは本当に夢なんだ、そう理解するには十分だった。
意識を手放す直前、そんな顔しなくていいじゃん、素直じゃないな。なんて言葉が聞こえた様な気がした。
だから、言ってやった。




「…こっちの台詞ですよー」

「…っ!」




締め切った部屋の中にも轟く大声とバサバサと慌しく飛び立つ鳥の羽音で目が覚めた。
毎日毎日叫ばないと駄目なのだろうか、部屋の外で金属同士が激しくぶつかり合う様な大きな音が響いている。
今日も此処の人たちは力が有り余っているらしい、早く何処かへ行ってしまえ。
身体を起こしながら呟くと、余程驚いたのか本をバサバサと床に落とした。
何時からこの部屋にいるのかとか、なんで此処にいるのかなんてどうでもいい、ソファを独占している事も気にならない、菓子をテーブルに撒き散らしていたって、別に構わない。
ただ、2、3冊、ナイフで切り裂かれた本を発見し、溜息が漏れた。
それは自分の本では無いのに、あー、可哀相。
その事を伝えるのも何だか面倒で、ジャケットを羽織り絨毯に足を降ろし、ベッドに腰掛けたまま部屋の様子を眺める。
大丈夫、これは現実だ。先輩は細かい文字が羅列された本なんか読んで無い。
落とした本はただの漫画。
パッと先輩に視線を移すと、立とうとしないのを不審に思ったのか、不機嫌そうに仁王立ちしている。



「今の何?……寝言?」

「夢の続きですー。……ねー、センパイ」

「なんだよ、バカカエル」

「…ミーはセンパイと二人っきりになりたいですー」

「……………もうなってるじゃん」



いきなり大股で近付いて来たかと思うと、乱暴に足蹴にされて、ベッドの上に仰向けの状態で倒れた。
腹を摩りながら見上げると、眼前にまで顔が近付いてて少なからず驚いた。
歯が立てられ、唇の端が裂ける感覚に目を細める。
これはキスなんて甘いものじゃないけど、先輩にとっては同じ様な行為なのかもしれない。
キシと音を立ててスプリングが小さく弾む。
先輩の髪を掻き上がると、自分を真っ直ぐ見つめる瞳が愉しげに揺れていた。
掌が重なったかと思うと、ぐいっと引っ張られて薬指を噛まれた。なんて下手な愛撫。
だから、再度引き寄せて手の甲を舐めた。



「此処は王子の世界なんだから、なんだって思い通りだし」

「……………此処はミーの部屋ですよー」

「違う、王子の遊び部屋だっつの」



血の匂いが充満しているのも、此処が誰も介入できない空間なのも、何もかも全部一緒なんだ。
それをベル先輩は多分、自分よりもずっと前から知っていて、この部屋に訪れる。
何時だって、二人きりになる空間をベル先輩は簡単に作れる。
夢も現実も変わらない。この世界は何時だってこの人のものだ。
フと、夢の中で先輩が鼻歌混じりに読んでいた本のタイトルが脳裏に浮かぶ。
(……あれ、ベル先輩の部屋で見たことある、)
此処は、自分の夢を閉じ込めた世界。ベル先輩が望む世界。
それがただ一緒だっただけ、先輩は自分の思う通りに話を進めている。
寝転がり、思いっきり抱きしめた先輩の身体はいつもより暖かかった。




Bedtime Stories
(好き、センパイの事、この世で一番愛してますー)
(当然だろ、お前は王子の下僕なんだから)
(……センパイは下僕に抱かれる趣味があるんですかー)
(死ね、どっか消えろ)
(いやですー、死んでもセンパイと一緒にいますー)



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