復活
□フランと
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「ベルセンパイってー彼氏いるんですかー?」
「は? いねぇし…ってなんで彼氏だよ。王子男なんだけど」
ミーの質問に、極々当たり前の疑問が返ってきた。
ベルセンパイはふわふわの金髪を揺らしながらいつもならナイフの一本や二本飛んでくるところ、今は機嫌が良いらしく一睨みされただけで鋭いナイフの衝撃は訪れなかった。
「だってヴァリアー内ってむさい男しかいないじゃないですかー、だから」
「だからって彼氏とかいるわけねぇし」
オレ王子だぜ、そう言いながらセンパイは、さっきミーがあげた機嫌が良い原因でもある真っ赤な苺のホールケーキにフォークを突き刺した。
見るからに上機嫌の王子様は生クリームに夢中で。ミーの言葉が届くかなんてわからないけど、届かなくたっていいんだ。
もう、関係ないから。
「いないんなら、ミーを彼氏にして下さい」
「…はぁ?」
届かなくたっていい、そう思った言葉はしっかりセンパイの耳に届いたようで。満面の笑みでケーキに向かっていた顔が訝しげにこちらを向いた。
「ムリ。オレお前好きじゃねぇもん」
ぷい、とすぐに視線を逸らしたセンパイの意識は既にケーキに戻る。
でも、いいんだ。
そんな事はどうだって。
「無理ですーもう決めましたのでー」
「何王子の了承ナシに勝手に決めてんだよ」
「了承なんていらないんですよー」
「は? ……、ん、んん?!!」
大きな口を開けてケーキを頬張りながらミーとの会話を続けていたセンパイの動きが止まった。…のは、周知の事実。
「どうしましたー? センパーイ」
「…う、わ…テメ何し…ッ!」
かしゃん、とフォークを床に落としテーブルに突っ伏すように頭を垂れるセンパイ。態とらしく声を掛ければ、流石は天才とでも言うべきか、センパイはミーが“何か”をしたとすぐに感付いたようだ。
でも、今更遅いです。
「別にーさっきセンパイにあげたケーキに薬とか混ぜてませんからー」
「く…すり…!」
ミーの言葉にセンパイの表情が強張ったのが見てとれた。そんなセンパイに、心の中でほくそ笑む。と、同時に、苛々も募る。
「…センパイは危機管理意識なさすぎですー。暗殺部隊のくせに、そんなことでどうするんですかー?」
「うゔ…っ、カ、エル…なんのつもり…」
「安心して下さーい劇薬とかじゃないですからー」
「……う、わ、王子が毒盛られるとかマジアリエナイし…カエルてめ、絶対ェ殺…」
「……」
そこまで言って、ベルセンパイは意識を手放した。…とは言っても、夢の世界へ旅立っただけですけど。
さっきあげたケーキに混ぜたのは、ただの睡眠薬。
何故、こんな事をしたのか。
それは、この減らず口の王子様を黙らせて、そして、
「あーぁあ、かわいい顔して無防備に眠っちゃってー」
遠い所へ拐って、縛り付けて、閉じ込めて、
「…ミーの事、信じてくれてたって事ですかー」
ベルセンパイを、ミーだけのモノにする為。
ミーはセンパイが大好きなんです。そう、アイシテル。だけどここには邪魔者が多すぎるんです。センパイ以外いらない、目障りだ。だから幻術でミーとセンパイの幻覚を作り上げて、一先ずこのアジトを出よう。いくらヴァリアー幹部とて、新米とは言ってもミーだって立派な幹部だ。そんな簡単にミーの幻術を見破れるわけもないから多少の時間稼ぎにはなるだろう。それでも、嫌気がさすほどメンバーに溺愛されているセンパイの事だ、あっと言う間に居なくなった事がバレて追っ手がやって来るだろう。すぐに一緒に居なくなったミーが疑われて、そうだな、ロン毛隊長あたりが自ら出向いて来るかもしれない。そうなったってミーは容赦しません。寧ろ好都合です。まだ入ったばかりで情なんてものは持ち合わせていないし(長くいたところで生まれるとも思っていないですけど)ずっと力を使わずに来たから体力も有り余っている。それに、あの隊長…と言わず幹部全員、前述した通りにベルセンパイに甘過ぎるんだ。ベルセンパイもベルセンパイで、きっと愛されて甘やかされている事は承知の上だ。ふらりとミーの側を離れ、やれボスだのやれ隊長だのと、誰彼構わず近寄り甘えている。甘えたいならミーに甘えればいいじゃないですか。ミー以外の誰かの手がセンパイに触れているなんて耐えられない。赦せない。それに誰よりも血に飢えているくせに、人を疑うと言う事を知らなさすぎる。さっきだって何の疑いもなくミーからケーキを受け取ったセンパイが、愛しくもあり、憎くもあった。
ミーの心の奥底、一番深く、でも一番中心で渦巻くどす黒い感情が、全て溢れ出してもう止まらなくなってしまった。
だから、誰の手も届かない場所にセンパイを閉じ込めて、ずっと、ずっと、
「…誰もいないところで、ふたりでひっそり暮らしましょうね、ベルセンパイ」
規則正しく小さな寝息を立てて眠るセンパイに、そっと、口づけをした。
「ふたりきりがいい。他の何にも邪魔されない、深い、深い、場所──」
何を言ったって、ぐっすり眠るセンパイから返事があるわけじゃない。当然のように何の反応も示さないセンパイを見、それもいいな、と、狂った感情が顔を覗かせた。
「…一緒に死にましょうか、センパイ」
センパイからナイフを奪い取り、白く細い首筋に、切っ先を宛てた。
ツー、
一筋の紅い線が、やけに鮮やかだった。
fine.