黒バス
□氷室と
2ページ/11ページ
「じゃあ大我、お留守番よろしくね」
「うん!」
今日はお母さんがでかけて夜までかえってこない。お父さんもしごとだ。だからめいいっぱいあそべる!
おれは元気よくお母さんをおくり出す。もうあたまの中はなにしてあそぶかでいっぱいだ。
「お母さんが出たら鍵とチェーンをしっかり掛けるのよ? 家に誰か来ても上げちゃダメよ?」
「うん!」
テレビゲームでもしようかな。あ、ボードゲームもいいな。
「電話も留守電にしとくから」
「うん!」
ほんとはバスケしたいけど外は氷がはっててあぶないって言ってたから今日はがまんだ。
「それからー…」
「へーきだってばお母さん! おれりっぱにおるすばんできるし!」
「あら」
いつまでたってもお母さんは行こうとしない。おれに ちゅういじこう ばっか言ってくる。
むねをはって言ってやるとお母さんはにこっと笑ってやっと ちゅうい をやめた。どうやらおれの本気がつたわったようだ。
「そうね、辰也くんがいるから安心よね」
「……!」
そしてそう言うと、「行ってきます」と言って家を出て行った。
「いってらっしゃい」って言ったのは、おれじゃなくておれといっしょにるすばんをまかされているタツヤだった。
おれの本気がつたわったわけじゃなかった。
お母さんはすぐタツヤにたよる。おれ子供じゃないしひとりでも平気なのに、なんでわざわざタツヤをよんだんだ!
「まあそう言わないでよタイガ。いいじゃない、一緒に遊べるんだし」
「そーだけどー…」
おれの男としての いげん が。
「ね、それよりお腹空かない? パンケーキでも作ろっか」
「えっ、うん!」
おれが自分のむすこを信じてくれないお母さんに もんく を言ってたらタツヤがおれのあたまをなでながら立ち上がった。
まあ別にタツヤがいてもいいけどな! たのしいしいっしょにあそべるし! しかもおれの大好きなパンケーキつくってくれるとかさすがタツヤだ。お母さんじゃめったにつくってくれないもんな!
「おれ生クリームたっぷりがいい!」
「ふふ、わかったよ。タイガは向こうでテーブルきれいにして待ってて?」
「うん!」
やったあ! たのしみだ!
タツヤはバスケもうまいしやさしいし、きっとパンケーキもおいしいに決まってる!
おれはわくわくしながらタツヤに言われたとおりテーブルをぴかぴかにみがいてまっていた。
おれは大人だから、もうお母さんのことはゆるしてやった。
あれからどれくらい時間がたったのかわかんないけど、なかなかパンケーキはできあがらずに気づけばおれはねむっちゃってたみたいだ。タツヤに「おまたせ」って言われて目がさめた。
やっとパンケーキが食べられると思ったらおなかがぐぅ、となった。タツヤに笑われたけどおれはちっともおかしくないから笑わなかった。
それよりもふしぎなことに、ぜんぜんパンケーキのにおいがしない。へんだな、と思ってタツヤがはこんできたお皿の上をのぞくと、そこにはたっくさんつみ上げられたパンケーキ…? の山。
「……タツヤ、これなに…?」
「パンケーキだよ? ちょっと焼きすぎちゃったかな?」
「……ちょっと…?」
タツヤはちょっと焼きすぎたって言ってるけど、これはおれの知ってるパンケーキじゃない。おれの知ってるパンケーキはもっとふっくらしてて、お母さんはきつね色って言ってた。タツヤのはぺっちゃんこだし真っ黒だし、あまいにおいもしない。
やっぱりへんだとタツヤを見るけどタツヤはにこにこ笑っててすごくまんぞくそうだった。
「…タツヤは食べないの? いっしょに…」
「オレは大丈夫、お腹空いてないし。これタイガが全部ひとりで食べていいんだよ」
「……うん」
食べたくないなと思ったけど、でもこれはタツヤがおれのためにつくってくれたパンケーキ、いらないなんて言えない。
だってタツヤの目はきらきらしてて、「早く食べてみて」って さいそく してくる。
「………」
タツヤのこと大好きだし。イヤなやつって思われたくないから思い切って口にほうりこんだ。それに見た目はわるくても食べてみたらおいしいかもしれないしな!
パクッ
「どう? タイガ。初めて作ってみたんだけど…おいしいかな?」
「………」
はっきり言っておいしくない。てゆーかまずい。やばい、やばいよタツヤおれ はきたい。
「どう?」
「………お、いしい…」
「そう! 良かった、全部食べていいからね!」
「…………う、」
ごくり、とむりやりのみこんだ。
タツヤの顔を見たら、まずいなんて言えなかった。だってすっごくうれしそうなんだもん。それにおれ体強いし、これぐらいならだいじょーぶだ! …だいじょうぶ、だ。
…と思ったのは、おれの じいしきかじょう だった。
タツヤのつくってくれたパンケーキ、いちまいのこらず食べほしたらおなかこわした。今までいくら食べても少しぐらい きげん の切れたモノを食べても平気だったのに。なんかショックだ。おなかをこわしたことじゃなくて、タツヤがつくってくれたものをおれのおなかがうけつけなかったことが。
そして、そのあいだタツヤといっしょにバスケができなかったことも。
タツヤはしらないんだ、おれがおなかをこわした りゆう を。言えるわけないよ、「だいじょうぶ?」ってしんぱいしてくれるやさしいタツヤをきずつけるようなことは。おれは大人だからな。
だけど、タツヤがしょうらい ひとりぐらし した時にこんなの食べたらたいへんだから、おれがりょうりをおぼえてタツヤにつくってあげなきゃって心にきめた。タツヤはおれより せんさい だから、きっとあの味にはたえられないはずだ。
「タイガ! また作ってみたんだけど…どうかな?」
「え」
「食べるよね?」
「……………食べ、」
こまったことにタツヤはりょうりに目ざめたらしい。おれが「おいしい」って食べたのがうれしかったんだって。
だけど…いくらタツヤが あいて でも、イヤなものはイヤってちゃんと言おう。じゃなきゃおれの体がもたないよ。
このおなかのいたみを きょうくん に、おれはまたひとつ大人になった。
「タイガ?」
「!」
タツヤの目、きらきら…。
「食べるよね?」
「……………食べ、」
きょうくん…。
「……………る」
「召し上がれ!」
END