黒バス

□黄瀬と
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「火神っちー!」


にこにこ顔で向こう側から手をぶんぶん振って駆けてくる黄瀬を視界に捉えると、呼ばれた張本人である火神は返事もせずに盛大な溜め息を吐いた。


「わ、ひど! 何スか溜め息って!」
「お前いくつだよ…んな遠くから走って来んじゃねえよ」
「だって火神っちが見えたから嬉しくなっちゃって!」
「……」


本心を隠さずに本当に嬉しそうにそう言われると、毒気を抜かれそれ以上怒る気が失せる。
まるで犬のように、尻尾でもあったら千切れんばかりに振っていそうなこの男は、女の子なら誰でも知っているであろう超人気モデルで。黙っていれば顔はいいのにどっか抜けてんだよな勿体ない、と、毎度のことながら火神は内心思った。


「つーかその呼び方止めろっつってんだろ」
「え?」


相変わらずにこにこ顔のまま「火神っち火神っち」と連発する黄瀬に、火神は眉間に皺を刻みながら訴える。前にも一度注意したのだが、覚えていないのか直す気がないのか、未だにそのふざけた呼び方のままだった。


「大体なんで敬語なんだよ、同い年なのに」


そしてついでとばかりに前々から思っていた疑問もぶつけた。
元々敬語が大の苦手である火神は黄瀬の話し方に鳥肌さえ感じていた。正しい敬語ではないのだが、火神にしたら十分敬語の域なのだ。
そんな黄瀬に少々鬱陶しさを感じつつ顔をしかめて非難した。つもりだったのだが。


「火神っち! それって!!」
「あ?」


最早脳内が沸いている黄瀬には、まったくと言っていいほどその真意は伝わっていなかった。



「呼び捨てで呼んで欲しいってことっスか!!」


「……ん?」



何かがおかしい。
まあ間違ってはいないのだが、『火神っち』を止めて欲しいと言うだけで別に呼び捨てで呼んで欲しいというわけでもない。
しかし何故だか目の前の黄瀬は目をキラキラさせながら意味のわからぬプレッシャーを掛けてくるので、『っち』がなくなるのならそれでもいいかと火神は小さく頷いた。


「うわーーーっそうだったんスね!! しかも敬語が嫌だなんて…、そうっスよね!! よそよそしいっスもんね!! オレと火神っち…あ、大我の仲なのに!!」
「……はあ?」


いよいよ意味がわからない。
どうやら黄瀬は、何か激しく勘違いをしているようだ。
まず、火神は下の名前で呼べなんて言っていない。別にそれならそれでいいのだが、そう呼ばれるにはまだそんなに親しくもないし違和感があると思うのは自分だけなのだろうか。
そして大事なこと。
これはさすがにスルーできないと、火神は口を開いた。


「お前とオレの仲ってなん」
「それならそうと早く言ってくれればいいのに! もう、照れ屋さんなんだから大我は!」
「うん、一変死んでこい」


何を言っても最早耳に届いていない黄瀬を、火神は力の限り殴るしかなかった。



END
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