Novel(短編など)
□四谷心中愛執鎖U
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澄み渡った秋空にお囃子の音色が響く。
年に一度の豊穣祭に神社の境内は人々で賑わっていた。
縁日の露店にはしゃぐ子供や町娘の声をききながら、衣杷は伊兵衛門と連れ添って歩いていた。
衣杷の身なりはすっかり質素になっていた。
それでもなお、その清廉な美しさは失われていなかった。
それどころか、伊兵衛門に抱かれて以来、それまで清いだけだった美しさに、匂うような色香が漂いはじめた。
そんな衣杷の傍らで、伊兵衛門は満たされていた。
かりそめの幸せであることを忘れてしまうほどの平穏。
それは伊兵衛門だけではなかった。
あれほど仇打ちに執念を燃やしていた衣杷でさえ、身体を繋げたことを契機に、伊兵衛
門にすっかり心を許していた。
二人はつかの間の幸せに我を忘れていたのかもしれない。
遠くから彼らを見つめる目があるとも知らず。