†企画†
□金色の華 壱
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†遠き記憶の姫君†
業物の障子。見栄えのいい屏風。そしてそれらを置くに相応しい広々とした部屋。
高位の人間が住む城というのはどうしてこうもつまらない所に金を費やせるのだろう。
わざわざ一流職人を呼んで寸法を計り、幾月も時間を掛けてそれはもう見るからに高級そうな障子やら屏風、さらには畳までをも誂える。
そんな大層なものでなくても城下の市に行けば大抵の物は揃う。屏風も有名な絵師が書いた高額なものでなくとも…いや、何だったらいらないくらいだ。
一国を治める領主にしては庶民的な考えの男。
それが緋蛇の国の領主、ロイ・マスタングだった。
彼は今、自室から欄干に出て城下の風景を眺めていた。
山に沈んでいく太陽に照らし出されたその光景は実に幻想的で、美しいと思う。
緋蛇の国は川が通り、作物もたわわに実る豊かな国だ。
こういう国は野党に狙われやすいものだが、山や谷に囲まれた地形故にそのような被害も少ない。周辺の国とも和平を結んでおり、国同士のいさかいもないに等しい。
そして明日はその近隣の、特に親しい関係にある『紫亜瀬の国』の姫が輿入れに来る日なのだ。
まだ十六だという少女。このご時世、若すぎるという事もない。
十二で娶られて嫡子を産んだという話しも聞くから、それから比べたら大人と言ってもいいだろう。
姫の名はエディーナ・エルリック。
ロイは十年程前に一度彼女に会っている。
既にエディーナが当時十四歳だったロイの許嫁と定められていて、間もなく開かれた隣国同士の親睦会と称した宴の席で初めて彼女と言葉を交わした。
とても目立つ金髪に同じ色の瞳。大きな目を瞬かせて緊張した面持ちで短い挨拶を交わし、その時の接触は終わった。
親に将来の伴侶を自分の意志のない所で決められた事に当時から憤りを感じていたロイだが、エディーナと会った時、この子ならいいかもしれないと思った。
あれはもはや初恋の域だろう。
それから今までもう一度会いたいと思う気持ちとは裏腹に、エディーナには一度も会えていない。
たまにやってくるその子の父親で、紫亜瀬の国の領主の話しでは日々健やかに育っているようだ。
『あの子は元来外出が好きではない子でして』
それとなく彼女が来ない理由を聞いてみるとそう返された。
それ故彼女と会うのは実に約十年ぶりとなるのだ。
「明日が待ち遠しいよ」
誰が聞いているでもないが不敵に笑い、沈んでいく太陽に一人呟く。
朱色だった空は太陽が完全に隠れたため、次第に夜の色に覆われ始める。
明日に思いを馳せながら、ロイは楽しそうに笑って部屋の中に戻った。
‡‡‡‡‡‡
そして翌日。
城内の掃除は殊更丁寧になされ、宴の席に用意する食事には料理長も一層気合いを入れる。
姫を娶るとあって城はどこも準備に忙殺されていた。
かくゆうロイも着せ替え人形よろしく従者に様々な色、模様の袴をあれでもないこれでもないと着脱を何度も繰り返す。
「もうこれでいいだろ」
「いいえ、紫亜瀬の国の姫様が来られるのですよ?それなりの身なりを整えてもらわないと」
漸く満足したのか、小さな埃を取り払っていく。占めて七回の着替え。
「子供の頃に一度会った事はあるが、どれほど美しい姫君になっているか」
「きっと綺麗になられていますよ。さ、大間に参りましょう。直に姫様もこちらに到着します」