Happy Anthology
□舞踏会で御一緒に踊りませんか?
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陽気な音楽と共に奏でられる靴音。
全員が一定のリズムで動き、回る。
近々行われる修学旅行のイベントの一つ、キャンプファイアで行われるダンスを体育館で練習している最中なのだ。
男女混合、つまり踊る相手がとっかえひっかえに変わる故、ほぼ全員の男子と手を取り合うことになる。
ツナくんは京子ちゃんと踊れる、なんて喜んでいたし、女の子達は山本くんや獄寺くんと踊れることに胸をときめかせていた。
私と言えば踊ることに対して若干羞恥心を抱かせていたが、そんな感情は体育館の端で佇んでいる人物を視界に映らせた瞬間一気に吹き飛んだ。
どうして恭弥くんが?よそ見しながらステップを踏んでいたら、むぎゅっという効果音がぴったりであろう、今現在私と踊っていた獄寺くんの足をおもいっきり踏みつけていた。
「いってぇー!何しやがるんだ!?」
「わわっ!ごめん!」
私と獄寺くんがその場で止まり必然的に止む音楽、集めてしまう周りからの視線。
私はちらりと恭弥くんを見る。あ、やっぱり見てる。というか、今笑ったでしょ!?
「次は気を付けろよな」呆れたような獄寺くんの言葉に私はもう一度謝って、獄寺くんと再び手を取り合う。
それが合図となったのか、先生がラジカセのスイッチを入れ直し、また陽気な音楽が体育館に鳴り響いた。
***
「恭弥くんのせいだよ」
「ん?何が」
「ダンスを間違えたの。というか、どうして体育館に居たの?」
群れるのを嫌う彼だから普通は来ないはずだ。
互いに向かい合うように応接室のソファーに腰掛け、私は口を尖らせる。
「ああ。暇だったから来てみたんだよ」
面白いものが見れた、と意地悪に口角を上げる恭弥くん。
「それに、君が僕に気付く前にもミスしていたでしょ?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。確かにステップの順番を間違えたり、ターンが遅れたりと実に様々な間違いをした。
上手い反論が思いつかず、黙りこんでしまう。どうしよう、どうしようと頭を悩ませていると、頭上から溜め息が聞こえて上を向けば、右手を差し出す恭弥くん。
「……どうしたの、恭弥くん?」
「見て分からないの?練習するよ」
「へ?」
耳を疑った。彼が練習に、しかも自ら言い出すなんて!
ぽかーんと間抜けな顔をしていると、強引に右手を取られて強制的に立ち上がらせられる。
あわわ、とバランスを崩して飛び込んだのは彼の胸の中で一気に体温が急上昇。
「随分積極的だね」
「ち、違っ!恭弥くんが勝手に!」
クスクスと笑い声を溢しながら、恭弥くんは腰に手を回し「こんな感じだったかな」とフォークダンスの基本的な形が出来上がる。
とくん、とくんと上がる心拍数。繋がれた手と手が妙に恥ずかしい。
「せーの、でいくからね」
「う、うん」
「せーの」
恭弥くんのせーの、が可愛いなぁと思いつつ、頭の中で聞き慣れたメロディーが再生されて、記憶した通りのステップを踏む。絶対参加したこと無さそうな恭弥くんは何故か上手で。何だろう、彼の才能に嫉妬する。
「あ」
自分でも分かった。間違えた。そのせいでリズムがこんがらがって、恭弥くんとの動きがバラバラになる。あれ?次は何だっけ?あ、どうしよう。
「落ち着いて。ほら回るよ」
言われたことに頷いて、くるりと回る。ふわっとスカートが広がり、無事に恭弥くんへと戻る身体。
「やればできるじゃない」
「そんなこと……」
「これなら僕も楽しめそうだ」
弾んだ声に疑問符を浮かべる。何が、と問えば彼はニヤリと一言。
「僕も行くんだよ修学旅行」
「嘘、何で!?」
「なんとなくね。ああ、ちなみに君は僕と同室だから」
「ま、待って待って!」
あまりの展開に追い付けない。あれ、彼は群れるのが嫌いで、それに同室って?風紀委員用の部屋でも取ってあるのだろうか。
そんな疑問を他所に恭弥くんは、練習を再開させようと声を掛ける。この調子だとあと何時間付き合うのだろうと思うが、それもいいかと手を握り直した。
舞踏会で御一緒に踊りませんか?
(君、あれほど練習したのに本番で足踏むなんて良い度胸しているね)
(ご、ごめんなさい……)
(越後屋もずく様:ひだまり*ことり)