SHORT

□招かれざる客〜その名はおじゃ〜
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空っぽになった頭のまま月を見上げてどれくらい経っただろうか?
五分?十分?一時間? 時間の流れが私の周りだけ途切れているいるのだろうか。

気が付いたら私は笑っていた。

混乱するでもなく、困るでもなく、そう、笑っていた。

紅茶を飲んだばかりなのに喉が張り付いたみたいで笑い声は掠れて小さく零れるだけだった。


見上げて思った事が、最初は綺麗だと、寂しさに襲われた私を優しく包み込む様に感じた月に、少しの時間で残酷だと、非情だと憤りを感じ、あまつさえ憎いとさえ恨みを抱いた。そんな自分の変化を思っていた。


気付いたら、笑っていた。馬鹿らしい、と。


人のせいにして物事が解決するのだろうか?

いいえ。

理不尽だと腹を立て、何かを恨んで楽になる?

いいえ。

だったら私が何をすればいいかわかる?

ええ、勿論。

話しをすればいいの。相手の話しをちゃんと聞いて、そして自分の非を認め、謝るの。でもそれで終わりじゃない、それでやっと物事を進められるスタートラインに立てる。

いつのまにか瞑っていた目を開けた。
自問自答は終わり! 心で呟いて、私が止めを刺してしまった男性を正視した。不思議な位、静かに見ることが出来た。ペットボトルの効果は絶大ではある。が、心が決まり冷静になれなければ、いくら表面を拭った所で今は鼻血を垂らすだけの彼でさえ私は拒絶するだけだったと思う。

自分の腕を伸ばし、手の平で彼の白粉が取れても白い肌の頬に軽くぺちぺちと音を立てて刺激を与える。


「しっかりして下さい。 分かりますか? 」


もう一度、頬を軽く叩いてから、次は服が捲れてあらわになっている腕を強く抓って強い刺激を与えてみるものの、彼の意識は少しも浮上しなかった。


「…………」


私にしては、考えてから決断するまで早かったと思う。
彼から一度離れ、リビングに敷かれているカーペットを長窓まで移動させ踵を返し、私は彼の頭部まで移動して自分の腕を後ろから抱き付く様に男性の脇の下に通してから肘を立て固定し、一気に持ち上げた。


中腰とはいえ持ち上げた重みが予想以上に軽くて、酷く困惑した。

私は平均女性より力があるのは分かっている。・・・正直に言うと体格がいい。悲しいかなコンプレックスの一つで・・・俗に言う高身長。高校時代に170cmを記録してから測ってはいないけど・・・伸びていたら怖いから。

私は凄く複雑な心境に陥りながら水の線を引きつつ彼を引き摺って、長窓にセットしたカーペットにそっと彼を横たえた。ここまで運んでもこの人は余りにも微動だにしないので少し不安になって呼吸を確かめ様と口元に耳を近付けようと屈んだら小さいながらも「じゃ」と何か呻いた。なんでかわからないけど凄く不愉快です。ムカムカしながら少し手荒に私はカーペットの隅を持って部屋の奥に引っ張っていった。



あ、・・・失敗した。部屋が濡れないようにこの人をカーペットに乗せたのに、私もかなりずぶ濡れだったのを忘れてた。

深くため息を吐いて私は深夜を回っている時間に雑巾がけをしなくちゃいけない憂鬱感で一杯になりながらカーペットを無事、目的地の浴室に運び上げ、彼の背中を浴槽に持たれ掛けさせる。
流石に夜は少し冷え込む季節に水浸しは私もこの人も身体に良くはないだろうと、無理矢理自分を納得させてお湯の蛇口を捻りシャワーノズルから出る水が温かくなるのを待った。


「えっと、………脱がさないと…しょうがないよね?」


電気で明るい浴室では嫌でもこの人の顔以外に付いたままの苔が私に自己主張をし始めている。すっかり温かいお湯で纏わり付く苔を水圧で流し終わっても、結局濡れた服のままじゃ体調を崩しちゃうし…。


「だ、大丈夫…男の人の裸は初めてじゃないし…!」


でも男の人の服を脱がすなんてした事ないよー!!
どうしよう、どうしようっ!

おろおろして周りを見渡してもシャワーが温かい飛沫を飛ばして湯気を上げてるだけで、何も私の助けにならない。ほんのりと上気した頬はなにもやましい事を想像したからではなく、ただ人の衣服を脱がす、他人の肌を晒してしまう羞恥からのもので。

しかも、服って全部でしょ?!
上着だけってわけじゃ済まないよー!

ちらりと今にも泣きそうな顔で問題の人を見て、違和感を覚えた。

この人……変な服着てる…。今更過ぎるけど。
着物…? なんかちょっと違う感じかな…どちらかといえば神社の神主さんみたいな…。えっ?!もしかして私、神主さん気絶させちゃったの? …でも神主さんがおじゃぱとか変な言葉いうかな…。

あーもう! 悩んでも私じゃ推測しか出来ないのに、今は考えても駄目。
何も考えずにこの人の服脱がして、直ぐにバスタオルで包もう!

なるべく見てしまう時間が少ないように、素早く事を運ぶのよ。大丈夫、頑張れ、私!

脱がし方が分からないけれども、首元の合わさりを探すために私は迷わず手を襟元に突っ込んで結び目を探り、解く。後はそこを切っ掛けに次々に解く、解く!
朱色の上着をなんとか脱がし、隅の方に放るとビシャリと重い音が響いたけど気にしない。中に来ていたのは……薄紫の着物? 襦袢? もう中には着ていないみたいだから襦袢かな? 薄紫ってある意味すごいなぁ…なんて考えてる暇はないよ! しっかりしろ私!

胸元の合わせを緩ませてズボンから引き抜く。これが終わったらとうとうズボンかぁ…重くなる気分と比例して肩まで重くなりながら絶賛気絶中の人の襦袢を肩から剥ぎ取りにかかる……けど、なんだろう?チクチクと何か刺さる様な…。ふと、私は気付いてはいけない事に気付いてしまった。


「………………」


そう、服を脱がす為に私は座る形で浴槽にもたれ掛かっている彼の人の股の間に膝立ちで居て、抱きつきそうな勢いで服を脱がしている体勢。お互いの顔は30cmも離れては居ない至近距離。
そして視線を彼の顔に合わせると驚く事が起こった。

彼と、目が合ったのだ。 勿論、白目じゃない。


「………………!」


お互いに目を見開くと同時に叫び声を上げて、温かく至福の浴室が一瞬で阿鼻叫喚で満たされた。

ただ悲鳴を上げるしか出来ない。よりによってなんで今なの?! もっと早くに意識が戻ってくれてもいいじゃない! そんなことを誰にともなく念じながら私は、彼が叫んだ初めてまともな言葉に思考を一瞬で埋め尽くされた。


「ま、麿がかように美男子でおじゃるからといって、男子に手篭めにされるのはごめんでおじゃ!!」




彼はその言葉を最後に何も喋らなかった。


浴室の鏡に映る私は自分でも分かるくらい、表情という概念さえ消え失せたみたいに無表情で。

ただズキズキと痛む拳の表面をもう片方の手で擦り、より一層強く握り締めた。





生まれて初めて、人を 、殴りました。






もういいや。早く全部脱がしちゃお。



2011.4 打たれ弱いけど武将なのでタフなおじゃが好き。

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