テニス
□green light
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冬の夜は長い。まだ空が明るくなりきらない時間に玄関の扉を開ける。
外にでると、ぴりぴりと頬が外気の冷たさを訴えた。
鞄から携帯を取り出しディスプレイを確認すると、時刻はすでに40分を過ぎている。
少し速足で駅前の商店街をぬける。二つめの角を曲がったその先の信号。
横断歩道の手前に、茶色いチェックのマフラーが見えた。
丸井くんだ…。
歩く速度を緩め、信号待ちをしている人々の中にこそっと紛れ込んだ。
といっても、こんな早朝だと交差点には数える程しか人はいないのだけれど。
部活の朝練にはもう少し遅く家を出ても間に合うけど、テニス部の朝練はこの時間でぎりぎりだ。そして、彼はだいたいいつもこのぎりぎりの時間にここを通る。
よかった、今日は会えた…。
ホッとしてついた息が白く染まって、まだ薄暗い朝の景色を霞ませる。
だけど問題はここからだ。
いつもここで弱気になってしまう。
どうしよう。今日もまた決心がつかない。一言、たった一言おはようって声をかけるだけなのに。
白っぽい景色に浮かぶ鮮やかな赤い髪が斜め前にあって、車が通り過ぎるたびに小さく揺れる。
せめて友達って呼べるくらいになりたい。ずっとこのままただのクラスメートなんて嫌だ。
嫌だ…けど。
横の信号が点滅し始める。
結局いつも私は丸井くんの後ろ姿を見ているだけ。
待ってるだけじゃ何も変わらないって分かってるのに。
どうしよう。どうしよう…。あと一歩が踏み出せなくて。
もうすぐ信号が青になる。
お願い、もう少しだけ赤でいて。
こんな時間からもガムをかんでいるのか、丸井くんの口許で薄桃色の風船がパチンと音をたてて弾けた。
ぎゅっと痛いほどに鞄をにぎりしめる。
信号が青に変わるよりも早く、小さく足を踏み出した。
green light
(ゴーサイン)
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