テニス

□その先にある風景
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目の前に差し出された手。

伝えられた気持ちは、言い方が肯定的で。
なんだかすごく、君らしいと思った。













差し出された手を前に、あたしは固まる。


はたして、この手をとってしまっても良いものだろうか。



跡部と言えば、もはやカッコイイの代名詞ともいえるような、とにかく学校一モテる男で。
それに比べてあたしはただの一般人。

釣り合いなんてカケラもとれない上に、付き合い始めたなんて周囲りに知れたら彼のファンクラブに殺されかねない。




「……ねぇ」

「…何だ」



この間も、あたしは君と話してただけで体育館裏に呼び出されたんですけど。
…なんて、言ったところで何が変わるわけでもない。

そこそこ美人な人でさえ、彼と親しいというだけの理由で標的にされてしまうのだ。もしあたしなんかが彼と付き合うと知れたらと思うと気が気じゃない。
絶対、納得なんてしてもらえないだろう。

この手をとってしまえば、あたしは一夜にして学校にいる女子生徒の大多数を敵に回すことになる。
とらなかったとしても、結局は命の危機にさらされるんだろうけど…。






「おい、」


怖いか?と黙ったまま考えあぐねているあたしに、静かな空気を包むような彼の声が降り注いだ。



「そりゃあね。あたしにとっては残りの学生生活がかかってるんだから」

そう、言わばこれは賭けなのだ。どう転ぶかなんて全く分からない。


おそらくいい加減に痺れを切らしたであろう跡部の手が、すっと持ち上がったかと思うと、それは何の躊躇いもなくあたしの頬に添えられた。


「今は他の事なんて考えるな。」

「っ、」


どうしてこの人は、こんなことをいとも簡単にやってのけてしまうのか。
頬をなぞる指の感触に、やっと落ち着いてきていたはずの心音が、跳ねるようにその速度を上げる。
もうやだ…絶対今日だけで寿命が十年は縮んだ。

添えられた手に促されるまま跡部の顔へ視線を移すと、彼は口を歪めてすべて見透したような笑みを浮かべた。




「お前はどうしたい?」




跡部は、ずるい。

どうせ全部知ってるんだ。
本当は周りのことなんてただの言い訳でしかないってことも。
あたしが君を取るってことも。
確信、してるくせに。






「絶対…」

「ん?」



でも、そんな君と歩いた先に何があるのか…。
どうしようもないほど、それに
惹かれる自分がいる。




「絶対負けないから!」

「ふっ、上等だ。そうでなきゃおもしろくねぇからな」


急に引き寄せられたと思ったら、腰に腕が回りぐっと高く持ち上げられた。


「跡部…」


上から見下ろした色素の薄い瞳。
それがすぅと細くなった。

こういう皮肉な笑みを浮かべる時の彼は、存外喜んでいる。

その額にそっと唇を寄せた。
その顔にぶわっと赤みが広がるのを見れば、笑わずにはいられない。


いつも自信満々で俺様なくせに、意表を突かれると弱いんだ。



「場所が違うだろうが」


後頭部を押さえられたかと思うと、再び顔が近づく。
わずかに触れて離れた温もりに引かれたように熱が集まってくる。


駄目だ…あたしも顔赤い。


顔を覆っている内にようやく下ろしてくれたと思ったら、今度はつむじにキスが降ってきた。


これだから帰国子女は…




俺様で、むかつくし、付き合いきれないって思うこともあるけど。

…満足そうに笑うその顔は嫌いじゃないから。





その先にある風景
(見てみたいんだ、君の隣で)






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