テニス
□ハチミツのうた
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殺風景な部屋の片隅に置かれたシンプルなベット。
その側面に背中を押し付けながら、身を潜めるかのように、静かに呼吸を繰り返す。
先程まで部屋の空気を震わせていた、熱を孕んだ苦しげな呼吸も、主が眠りに落ちたことによっていつの間にか鳴りをひそめてしまった。
しんとした部屋で、カチカチと時を刻む針の音。
虚ろになってしまいそうな現実を繋ぎ止めながら広がってゆくその音が、やけに大きく感じられた。
それこそ、わたしの音なんて簡単に掻き消されてしまいそうなほどに。
安らかに寝息をたてる侑士を振り返って、額に張り付いた髪をそっと除ける。滲み出る汗に湿った額はまだ熱い。
手を引っ込めると、その下でじっとわたしを見ていた双眸と目が合った。
「ごめん。起こすつもりじゃなかったんだけど」
すぐ傍に侑士の顔がある。
眼鏡をはずした顔は、いつもよりも少し幼くて、なんだか照れる…。
「何か飲む?」
尋ねると、彼はゆるゆると首を横に振った。濡れた瞳が物言いたげにわたしを見つめていて。
「じゃあ、リンゴ食べる?剥いてくるからちょっと待ってて」
カァッと顔が熱くなるような感覚に、慌てて立ち上がろうとすると、さらなる熱がそれを拒んだ。
「…ど、したの?」
熱い。侑士の手の平から伝わる熱が、じんわりと腕に絡みつく。
かすれた声で「行かんとって…」なんて。
そんなの最高の殺し文句じゃないか。
すとん、と真っ赤なまま崩れるように座り直したあたしに、侑士が口元だけで薄く微笑んだ
ハチミツのうた
(キミが奏でるうたは甘く)
(2007.09.09)