テニス

□ハクセン
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目の前を何台もの車が通り過ぎて行く。

皆一様にスピードを出して、まるで生き急いででもいるみたいに。


赤信号。
今も大勢の人が信号待ちをしているその一番前で、びゅんびゅん風を切ってゆく鉄の塊をぼんやり眺める。


数歩先に転がる死。

あまりにもすぐ側に、当たり前の顔をしてそれはいるから、大半の人はその存在に気付かない。

爆発的人気だ品切れだと騒がれたわりに、数ヶ月もたてばあっという間に姿を消してしまう流行りものにも似て。側にあるのが当たり前になった途端に、それは簡単に意識の範疇から外れてしまう。


大事故がニュースで騒がれたりすれば、しばらくの間世間は必要以上にそれを警戒するけれど、日にちが経てば結局は元通りなのだ。

足を踏み出せば一瞬。

こんなにもすぐ側に死は影を潜めているというのに。


足元でまだ供えられて間もない花が、車が起こす風に煽られて揺れている。

クラスメイトだった。目立つ子で、ここで信号待ちをしていた後姿を覚えている。

震えるピンクの花びらの向こうにはゼブラ模様の横断歩道。
そのひとつ目の線を越えた場所が、あちらとこちらの境界線。


ふと顔を上げれば、横断歩道のその先、赤信号の下に風に靡く銀髪が見えた。

こちらに気付いて、仁王はひらひらと手を振る。

ちょうど信号が青に変わった。
素知らぬ顔で足を踏み出す。
転がる死を踏みつけて、私は仁王の元へ急ぐ。


「おはよ」

「おはようさん」


視線を交わして、言葉を交わしあって、肩を並べて歩き出す。

学校までの僅かな間、お互いのクラスことを話し合ったりテニス部の話なんかを聞きながら。

時々は、飄々として掴みどころのない彼の手をしっかり握ってみたりして。


ちゃんと忘れないように。

仁王の存在が、当たり前になってしまわないように。

仁王にも、私がいて当たり前だと思わせないように。


時間が経てばどんなものでも当たり前になってしまうと分かっていても。

悪あがきのような些細な抵抗、私なりの精一杯の愛情表現。


君がいるかぎり、私は赤信号で歩き出したりなんてしない。


振り返って、ビンにいけられた花に一瞥をくれる。
口元には薄い微笑み。


そして前を向いた私は、周りの人達と同じように、目の前に平然と横たわる死から目を背けて歩いていくんだ。

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