テニス

□意味なんてない
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キヨは優しい。
 
それも、女の子みーんなに。





もう病気だって思っちゃうほどの、自他共に認める女好き。
それが千石清純だ。

その割には特定の相手を作る気配はない。
本人に訊いてみたら「だって俺が誰かと付き合っちゃって泣く子がいたらかわいそうでしょ」という、馬鹿か!と叫びたくなるような台詞ではぐらかされた。


そんなキヨは、もれなく女の子の枠に入っているあたしにも優しい。


小学校来の付き合いの中で、あたしの“お願い”をキヨが断ったことはほとんどない。

もちろんどの女の子にもそう。そして男女分け隔てなく…ってのは到底無理だけど、男子にもそれなりに愛想のいいキヨは、やっぱり優しそうに見えるんだろう。いっつもムカつくぐらい女の子に囲まれてる。



「はいこれ。こないだ貸すって言ったCD」

「ありがと。わ、これ限定版じゃん」


奮発してみました。とキヨは得意げに顔の横でVサインを作った。

さっきHRを終えたばかりの教室には、部活へ向かう生徒や他のクラスの友達を待っている様子の生徒が結構な数残っている。
そして数人の女生徒がちらちらこっちを見ているのが、さっきから視界に入っていた。

はいはい、君達も遠慮なく話しかければ?同じように接してもらえるよ。



ただ、残念ながらキヨの特別にはなれないけどね。



チクチク刺さる視線の出所を横目で見やって、あたしは目の前の軽薄男に視線を戻した。

あたしは、他の子よりもちょっとだけキヨのことを知ってるってだけ。
キヨは、他の女の子にそうするようにあたしの趣味嗜好を覚えてるってだけ。



でも、そんなことに意味なんてないんだ。


こいつにとっては、どの女の子もみーんな同率一位なんだから。千石清純はそういう男だ。

軽い。ほんとに。チャラチャラとは違う、フワフワしてるわけでもない。ただ、カルイ。

だけど、人によってはその軽さが優しさに映ったりしてしまうのかもしれない。



「これから部活?」


訊くと、キヨは頷く代わりに薄く笑った。


「そ。たぶん今日もサボる気だろうから、亜久津見つけて連れてかないと」

「大変だね」

「まぁね。でもこれが案外楽しかったりしてさ。亜久津連れてくとコートの雰囲気ががらっと変わっちゃうんだよね〜」

「そりゃそうでしょうよ。あたしなら何余計なことしてんのって叫ぶわよ」


…や、違うな。キヨにとって女の子はみんな同率二位か。

何故なら、この男にとっての一番はテニスだからだ。
ほらもうテニス部の話してる時なんて目キラキラさせちゃってるしさ。

本当に、キヨが女子のお願いを断ることはほとんどない。ただし、テニス絡み以外に限り。

稀代のいいかげん男なくせに、テニスの事となると変に真面目なんだからびっくりする。
あれだけ好きな女の子よりも、テニスをとっちゃうくらいのテニス馬鹿。
どんなに可愛い子のお願いも、テニスに関わることは全部断ってる。


「ね、今日一緒に帰らない?」

「ん?もしかして待っててくれちゃうの?」


楽しげに顔を覗き込んでくるキヨ。


「ううん。今から帰るけど」

「あー…なら今日は無理だね〜。メンゴ」


へらへらと片手を立てて謝る姿を見ると、胃の辺りがもやもやする。

いつか、テニスにも勝って一位になっちゃう女の子が現れるのかな。
わがまま言って一緒に帰ろうって言っても、しょうがないなぁって一緒に帰ってもらえちゃうような。
それはあたしのよく知ってる子かもしれないし、全く知らない子かもしれない。

全然、想像もつかないけど。

そうしたら、あたしはキヨにとっての三番目に格下げかな?


じゃあまた、と鞄を背負いなおしたその制服の袖を掴んで引き止めた。


「ん?」

「じゃあ…」



あたしはトクベツじゃない。トクベツになれもしない。

なのに他の誰かがキヨのトクベツになる?






「キスして」






驚いたように少し目を見張ったキヨは、でもすぐに「いいよ」と薄く笑って唇を重ねてきた。


最低。この軽薄男め。


ざわ、と教室がどよめく。
さっきからこっちを気にしていた女の子達の視線が明らかに敵意のあるものに変わった。

はいはい、君達も遠慮なく言ってみれば?同じことしてもらえるから。

…とはいえ、さすがにあたしも少しビックリしたけど



人によってはこの軽さが優しさに映るのかな。

少なくとも、あたしには違うけど。



柔らかな温もりは余韻を残さずにあっさりと離れる。

離れる時に、キヨがいつも付けてるコロンの香りが鼻先をかすめて、消えた。

またもやもやが濃くなる。

あーあ…
言うんじゃなかった……


「軽い…」

「あれ、ご不満?じゃあもっと深いのしてみる?」

「そういう意味じゃない」


近づいてきた顔を押しのけた。爪が引っ掛かったのか指先に嫌な感触。


「いって」


身を引いたキヨの頬に、じわりと赤い線が浮かび上がった。


「調子に乗りすぎちゃったかな」

「………」


キヨはぺロ、と舌を出して見せるけど、内心こんな奴が女子の枠に入ってることに悪態ついてたりして。

言葉を探して押し黙るばかりで、ゴメンの一言も出てきやしない。


可愛くない。可愛くもなれない。
馬鹿みたい。現れてもない女の子に嫉妬したりして。

軽いだけじゃない。その中に優しさも混じってるから余計性質が悪いんだ。
軽いだけだったら、自分のことしか考えてなかったら、こんなに好きにならなかったのに。


あたしはいつもキヨの優しさにつけ込んで、キヨも別段それを責めたりしない。

自分の底意地の悪さは知ってる。こんなあたしがキヨのトクベツになれる訳ないのも、知ってる。



はぁ。と大きなため息が聞こえた。

俯くあたしの頭に、キヨの手が触れる。


「帰ろっか」


驚いて顔をあげたあたしに、キヨはあやすような声音でもう一度繰り返した。


「やっぱり帰ろう。うん。今日、ちょっと不安定じゃない?」


その瞳に心配げな色が宿ったのをみて、激しい自己嫌悪が込み上げた。


あたし、今何考えた?



「そんなことない。いいから。問題児のお迎えがあるんでしょ」



やめて。そんな顔しないで。

あたしなら大丈夫。
変わらない。何も変わらない。大丈夫。


思わずキヨの手を払いのけると、キヨは驚いたように目を瞠った。


あたしなんかを優先させないで。
その他大勢の女の子なんかを、テニスより優先しないで。

浮かぶ言葉は口に出せないような事ばかりで。

俯いた私は、



「なんちゃってね」


と無理矢理感が満載の笑顔で顔を上げた。


「その代わり、明後日の帰りは付き合ってよね。部活、休みでしょ」


ぴ、と指を突きつけられてキヨは唖然としていて。けどすぐにクスリと笑った。


「仰せのままに、お姫様」

「ばか」

「そうだね」


ずっと諦め悪くしがみついてたけど。
たぶん、ここらが潮時ーーー…

それぐらい、あたしはキヨのことを知ってるから。知っちゃったから。

あたしは、キヨのトクベツじゃない。
ただ他の女の子よりも少し、キヨに詳しかったってだけ。


だから、



「また明日ね」


「うん」


「このCD、いつでもいい?」


「いいよ。のんびり聞いてやってちょうだいな」


「…ありがと」


手を振って、あたしはキヨより先に教室を出た。



もう、やめよう。

キヨだけが男ってわけじゃないんだから。
もっと真面目で誠実な人とか探して、それで、ちゃんと恋とかしちゃって。

そしたら、もうキヨなんかどうでもよくなって。普通に、友達やれて…




きっと、この気持ちに意味なんかなくなる。





最後の笑顔は、ちょっとうまくいかなかった。

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