sleep.01
□悩ましきタレイア
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しゃくりあげる声。
時折苦しそうな嗚咽が混ざって聞こえる。
休日の夕暮れは最悪だった。
「行かなくて良いのかよ」
「馬鹿を言うな」
入れるわけがないだろう、今は。
近所なのもあって先日田舎から届いた林檎を届けに家を訪ねたのは良い。小さい頃からの付き合いもあり、彼女の部屋まで通されたのもまだ良い。
しかし笑顔で迎え入れる泣き声。
入るに入れない部屋の前で座り込んでみれば思い出されるのは彼女の笑顔ばかりだ。
このまま押し入って抱き締めさえすれば彼女の涙が止まるのだろうか。それならば、それならば、
考えるだけならば果敢なのだが、どうにも。
下手な真似をして泣かせたくはない。
「別れたんだとよ」
「知ってるさ」
「それも酷いフラれ方だったとか、」
「…そうか」
可哀想になぁと呟き、皮肉たらしい笑顔を歪ませた弟にいつもの刺々しさが見当たらないのでざわりと胸が騒ぐ。
今まで本気になった女がいないように見えたのは。大体いくら幼なじみだからといってもあの阿含が家になんか来るはずが。
そういえば奴が彼女に対する接し方には以前から違和感があったではないか。何故いままで気が付かなかったのか。
「阿含、もしかしてお前…」
「さぁな」
向けられた顔はいつの間にか普段のそれに変わっていて更に胸が痛む。
去ろうとするので、顔を見せなくても良いのかと問えばそれはお前の仕事だろうと返された。
哀愁漂う背中はらしくない。
「うん、すい…?」
「!」
ドアの向こう側から発せられたそれは弱々しく名前を呼ぶ。
しかし止まない嗚咽。
聞きすぎてしまえば手を差し伸べてしまいかねないので聴覚の集中を遮断するように試みる。
なるべく会話のみで済ませたい。済ませなくては限度がなくなりそうな。
「林檎、持ってきたんだ、田舎から届いて」
「そっか、ありがとう」
「おばさんに渡しておいたから後で食べろよ」
「………ねぇ、雲水」
「っ、」
かすれるような声がいけない。
理性を全て奪って歯止めさえもきかなくなるから。
呼ばれるように元を辿ってドアを開けば小刻みに揺れる小さな背中。
上下に揺れる肩が痛々しくて目を逸らす。
抱いてしまえば、きっと。
抱いてしまえれば、きっと。
「私の話を、少し聞いてくれる?」
「…あぁ」
足元には捨てられた指輪。
気付かなかったのはどちらの方であったのか。
(081020)
それでも希望を捨てられないから離れられずに。今もまだ。