sleep.07
□きらきら世界に
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にこやかに笑いながら彼女は俺を蝕んでいった。
もう戻れそうにないと気付いた時には既に後がなくなりかけていたなんて酔狂だ。
愛しているだの大好きだの、そんな甘ったるい言葉も呪文のように俺の自由と理性を奪う。その度に動く赤い唇についつい目がいってしまうのもらしくない。
嵌めるつもりが嵌まってしまったなどと策士の肩書きも面目も丸潰れである。
よりにもよって腑抜けた理由が女とは。それも、この俺が。
笑いぐさだけでは済まされそうにないな、とただ浮かぶばかりの雲を睨む。
ぼんやりとした脳内に浮かぶのはニヤけ顔の部員ばかりなので響かない舌打ちを一つ。打つ。
「あたたかい」
「んなわけねーだろ」
手を絡めながら放たれた言葉にギクリとするが、表に出さないポーカーフェイスはお手のものなので流すことは安易だった。
普段ならば低体温の身体が触れて解るほど火照っているのは。認めたくはないけれど彼女が寄り添うほど近くにいるからなのだ。
どうかこの乱れ始めた心音を彼女にだけはバレないでおかなくてはならない。というのも、あぁ笑いぐさ。
「あ、武蔵くん」
弾むような声に嫉妬を覚えるも柄ではないし、相手だって外見同様に大人びているので心配は無用。な、はずだった。
しかし、いやはや、ひょっこりと角から現れた見慣れた人影が照れたような笑いを見せたので。これは不味い。
慌てて楽しそうに振られている手を掴み引き寄せれば、焦燥感が拭い捨てきれない自身が丸く見開かれた目に映るのを見た。
その醜さ故か馬鹿さ故か、呆れたとばかりの溜め息が漏れて老け顔の友人は回れ右をして行く。
腹が立つほど大人の余裕を持ち合わせては絶妙なタイミングで行使する姿が少しだけ羨ましいと思ったのは。誰にも言えない秘密だ。
「どしたの」
「妬く」
「焼く?」
「違ぇ、嫉妬だ」
「し……、え?蛭魔が?」
信じられないとばかりに眼を白黒させる彼女。解らせてやろうと覆い被さるようにもどかしく苦しいキスをすればたちまち真っ赤になって俯いてしまう。
可愛いものだ、と再度それを繰り返してしまう俺はどうしてしまったものか。ただ目の前で狼狽を、赤面を、呼吸を、生きている彼女がこんなにも愛しい。
「…あんまりおかしくさせんな、バカ」
「そういう蛭魔もたまには良いと思うけど」
「だからってお前、浮気は許さねーからな」
「意外と女々しいんだ」
「……コノヤロウ」
確かめるように握った手から同じような強さが返るだけで、こんなにも。
「いっぺん死ね」
「よく言うよ泣いちゃうくせに」
こんな醜い世界だってまだまだ捨てたものじゃあないということか。
(090524)
君のいる世界の美しさに泣きそうだ。