sleep.03

□何も言わないで
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消えてしまいそうな月が夜空によく栄える。
雲は全てを覆ってしまうから嫌いだ。吐き捨てるように彼が言う。
憎悪を持った瞳が揺れた。
もしかしたらこれは初めて見る光景だったのかもしれない。
なので、何一つとして見落とさないように凝らした私の目は無意識に彼だけに向くのだ。
瞬く星もあの月も、全てが見えない。
解るのはただ彼の目が激しい感情と共に揺れていた事だけ。
薄暗い屋上を駆け抜ける温い風が冷たいと感じるのもきっとその所為。

「何をそんなに怒ってるの」

「怒ってなんかいねぇよ」

だけど私は鋭い眼光の本心を知っている。
駆り立てるような不安は何処から来るのか、根拠は何か。ただ、それの向かう先が解らないだけであって。

「筧」

憎悪に満ちていたそれが次第に高揚を見せたので思わず裾を引っ張る。
振り向いた際に見開かれた目がしっかりと私を捉えた。
怖くは、ない。

「…酷ぇ顔」

「うるさいよ」

「まさか俺の為に泣いてんのか」

「違いますよ馬鹿」

だが申し訳なさそうに背中に腕を回す彼は私の知らない場所に、行けない場所へと去ってゆくのだ。
当たり前のように私を置いて。





(080310)
いっそ今ここで存在を忘れてくれれば。


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