sleep.04

□馳せた空の滑稽を笑う
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空は薄い雲を一筋だけ残して青が続くばかり。想いを馳せるには果てしない。
もどかしい距離に舌を打つと頭上から笑い声が聞こえた。
食に関しても同じ明るさだったとしたら。見上げずともその笑顔を思い浮かべられるとしたら。
それはもう彼しかいないのだ、確定的に。

「空に舌打ちとは」

「いえ少し、苛立っただけですヘイハチさん」

「こんな快晴に苛立ったりするものですか」

「私は雨の方が好きですから」

饒舌にしては珍しく少し間を置いた後、そうですかと呟いて、ヘイハチさんもまた同じ空を見上げた。
思えば最近はそんな時間もなかったのだ。とうとう戦が始まってしまった。しかし巻き込まれるのはいつだって農民だ。カンベエがよく呟く。まったくだその通り。
考えればヘイハチさんも私も、この先を生き残れる確率は非常に低い。無い、に等しいのだ。

手足の一本や二本は覚悟しておけと色褪せてゆく記憶の中でヒョーゴが言っていた。しかしそれはまだ優しい方だ。死ぬよりは。(戦を仕掛ける側だったから言えた事かもしれないけど。)
だったら彼はどうだろうと考えて、安堵感が欠片も感じられないのはきっと彼の定位置が特攻であるからなのかもしれない。あの目立つ赤もまるで命を晒しているようである。
だけど今更止めようなんて。思わない。例え彼が死に急ぐ結果になろうとも。

散るならば潔く。しかしそこまで割り切ろうともしないのは生きる事に対する執着心がまだあんたにあるからでしょう。
聞くにしても相手は此処にはいない。



ひとつだけ浮かぶ雲は置いてけぼりを喰らった彼のようで、滑稽さに笑えた。
しかし彼は悲しむ事もしなければ拗ねる事もしなかったのだ。それにあんなにも透けるように薄く済むような才器じゃあなかったし。
無感情にも思えるそれは私が彼を知るずっと前から、幾度となく彼への誤解を招いてきたのだろう。
しかしその度にやはり彼は何も言い返しはしなかったのだ。きっとこれからも同じように。
繰り返し、繰り返し。


「大丈夫ですよ」

「え?」

「すぐに帰ります」

「…な、何故ヘイハチさんにそんな事が解るのですか」

「だってキュウゾウ殿ですからねぇ」

殺しても死ななそうじゃあないですか。
だから大丈夫ですよ、と続く言葉はどこまでも慰めだ。そんなのは微塵も望んでなど、いない。
斥候だって認めたわけじゃなかったのに。





(080713)
だからといって彼が言うことを聞くわけもないし。


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